前回の鞠子の宿からの続きです。
鞠子名物『とろろご飯』を食べた後、曇り空から太陽の光が射し込んで来たので、雲の流れを見つつ三保の松原へと向かいます。
miyukiさん、たぶん三保に着く頃には富士山が見えると思いますよ!
先ほど、富士山の方角に向かっておまじないのフーフーしておきましたので・・・富士川を渡り右折し駿河湾の方向に走り、150号線を左折したら国道沿いに苺狩りのビニールハウスが40棟以上並んで見えます。
地元の人は、通称いちご狩り海岸通りと呼んでいますが、ここは苺狩り発祥の地なんですよ。
今から約100年前、久能山の南斜面にうね毎に石を積み上げて石垣を造り、苺の栽培を始めたそうです。
海(駿河湾)からの光の反射を考えてのことだったようですが、
太陽と海から反射する輻射熱で石垣が温められ冬でも苺の栽培が出来たそうです。
今は便利になってビニールハウスで苺の栽培どこでも可能となりましたが、
この石垣いちごと同じような考えで、イタリアのアマルフィー地方の崖斜面に石垣を造りブドウの栽培をしている農家があります。
さて、間もなく鞠子の次の目的地「三保の松原」に着きますが、
もう1回まじないのフーフー夫婦の旅、富士山が見えますように。
この曇り空でしょ、完全に諦めておりました。
あら、不思議~!!ふーふーのおまじないが効いたのかなぁ・・・・
ひゃあ、、富士山の形がうっすらと見えてキタ~~
miyukiさん三保の松原は、河川のダムや潮の流れの変化で
あと数十年もしたら砂浜が無くなり、三保の松原から眺める富士山が
見れなくなるかも知れません。
京都府の宮津にある天橋立も同様です。
遠州灘の砂浜や浜岡砂丘とか、かなり浸食されて浜岡砂丘は特に酷い状態です。
広重の東海道五十三次『江尻の宿から見た三保の松原』や、
九州国立博物館が所蔵している『南蛮船駿河湾来航図屏風(6曲1双)』に
三保の松原が描かれているので、砂浜が浸食される前の姿が見てとれます。
羽衣伝説は、日本各地にありますが大半は松並木が美しい海岸や湖がある場所に伝説が残されています。
三保の松原が有名なのは、富士山と松並木を海岸の浜辺から見た美しい風景ですね。
約54000本の松が約7kmにわたって続く平安の昔からの景勝地、この美しい風景だからこそ、能の『羽衣』に三保の松原が選ばれたかと思います。
戦前、この羽衣の能に憧れ、自らの究極舞踊として辿り着ついたフランス人バレリーナのエレーヌ・ジュグラリス(Hélène Giuglaris)は、
独学で衣装を作りフランス各地に公演して回るのですが、
35歳の若さで亡くなります。
この彼女の夢は、能『羽衣』の舞台となる三保の松原を訪れることでした。
彼女の夢は叶いませんでしたが、「私の髪を羽衣の松近くに埋めてほしい」という遺言で、彼女の遺髪はエレーヌの碑に納められています。
エレーヌ・ジュグラリスさんも、天女の一人になり静かに松籟(しょうらい)と
潮騒を聞いていると思います。
美保の松原を後にして、駐車場の手前で観光案内所があり、私達は中へ
入り、夫がこれから行く先の情報を訊ねてくれて、それから
この日一番遠くからの観光客はどちらからですか?の問いに
なんと私でした(九州・福岡)^^
記念にポストカードを頂いちゃいました、嬉しいナ
この日は曇っていて、富士山の雄大な景色が拝めなかった悔しさから
こんなん写してきました(看板です)(笑)
晴れていたら・・・・このような富士山が、が見えたのでしょうねっ
さて、夕刻から雨が降るそうなので、薩埵峠は次回にして新東名を通り三島へと向かいましょう。
清水と三島の話は次回お話いたします。