ちょっと攻撃的なタイトルとなってしまったが、これは仕方がない。
この映画1本だけで、日本映画業界の腐った部分を
顕著に確認できてしまうからだ。
~あらすじ~
主人公リュカは大国グランバニア国王パパスの息子として生をうける。
世界を救う天空人の血を引く母マーサを救うため、パパスと共に旅を
続けるが…。
ここから先はネタバレになるので注意。
基本の流れはゲームドラクエ5の流れに沿い、映画として
尺や流れで省略・改変を加えている王道である。
途中までは。
元々期待していなかったので、声とか細かい描写は御愛嬌で
『頑張って纏めてる感』があったので、それなりに楽しく見れていた。
中途半端な原作アピール(ゲレゲレとか)もまぁ可もなく不可もなくで
特に気にならなかった(原作アピは喜ばせないと本当は意味ないが)。
途中までは。
また、CGは日本映画としては屈指のもので、魔法を加えたアクション
もキャラクターも良く出来ていた。
序盤、父パパスをゲマに殺され、終盤そのゲマを主人公とその息子が
敵を討ち、いい感じでラストに進もうとしてた。
しかし、ここで世界が文字通り停止する。
そこに現れるドラゴンボールをパクったようなデザインの敵キャラ。
そいつは、この世界を破壊するために作られたウイルスだという。
なんと、この世界はVRゲームであり、主人公はドラクエを
子供のころからやっていた、ただのサラリーマンだったのだ!
END
なんて終わりだったらまだマシだ。
簡単にその後の展開を述べると
ウイルス「大人になれ」
主人公「ゲームをしていた思い出も現実だ!」
アンチウイルス起動!
主人公「勝った!」
生き返ったゲーム内のキャラ「世界は平和になった!やった!」
THE END ってね。
さぁここから色々と言っていこう。以下こんな感じだ。
①安易なゲーム肯定オチ
②映画としての陳腐さ
③実力不足の露呈
④ドラクエへの敬意のなさ
⑤焼畑農業
①安易なゲーム肯定オチ
伏線はあるものの、いきなり終盤に主人公の思い出が数秒
出ただけでゲームをしていた時間を肯定されても、
なんの共感もおきないし、実際にプレイしていた観客も、
半数以上は何言ってんだコイツ、である。多分。
本当にそういうテーマとして映画を作るなら、
冒頭にこのVRゲームを始めるシーンを入れ、
主人公の現実世界での描写も入れるべきである。
もっと言えば、主人公は結婚済みで、子供もいるほうが良い。
ただ、仕事や家庭で最近疲れ気味で、ふと訪れた施設で
昔ドラクエをしていた事を思い出し…みたいな流れがいいだろう。
私でも思いつく事が、
大監督・大企業の皆様が思いつかないはずがない。
じゃあなんでそうしないかというと簡単だ。
本気でゲーム肯定をしていないからだ。
原作ファンからの反感を買いたくないがためだけに、
口先だけそのような肯定を作中でしているだけだ。
②映画としての陳腐さ
そもそもこういうメタ的なオチが古臭いというか今更感半端ない。
ある程度映画や小説、サブカルを嗜んでいれば、何の新鮮味は無い。
もう一ひねりするなら、①で言った設定にしたうえで、
ビアンカや息子を自分の家族がプレイしていたという展開もできた。
(これは部分的な演出だが)
というか、途中でゲームオチでした、てやってんのに、
ゲーム内のエンディングからそのまま映画も終わる事が阿保らしい。
このオチにするのなら、ゲームを終えて現実に戻った主人公に
何らかの行動させるべきなのだ。
それでゲームを肯定する事に繋げられる。
ここにも制作側の汚らしさがある。
要するに、途中でメタオチを入れておきながら、
最後にまたドラクエの映画・ドラクエ世界に
浸った気持ちにさせようとしているのだ。
当然のことながら、こちらは今更世界が平和になろうと、
ビアンカが笑おうと、ゲームオチだと知る前の気持ちに
なるわけもなく、感動も起きない。
(余談だが、最後にヘンリー(元仲間)が「またうちにこいよ」
的な事を言ったと思うが、ゲーム世界だと気付いている主人公が
それを聞いて、またその状況を観客が見て何を感じると
制作側は意図しているのだろうか?理解に苦しむ)
③実力不足の露呈
④ドラクエへの敬意のなさ
この監督はとにかく映像を作る技術だけが秀でているのだと思う。
オリジナルストーリーのシリーズ物でヒット作があまり作れないし、
原作ありきでかつその続編(同じ監督で)がほとんどない。
映像という大きな加点があるので、映画自体は高評価でも、
映像以外の部分は本来もっと良いものに出来たはず!
というような感想が多いのではないか。
という、主観も交えつつ、指摘する事としては
『それドラクエでやらなくてよくね?』 という事だ。
このドラクエ5はドラクエシリーズでも珍しい、
『家族』もテーマにしているものである。
わざわざそのゲーム内を陳腐化させてまで、
こんな展開を入れる価値はあるのか、いや無いだろう。
①の例ならそれでも家族をテーマに活かす事が出来る。
が、それもしていない。
レディプレイヤー1を観て思いつきましたレベルの浅さなのだ。
⑤焼畑農業
ではなぜそんな展開を入れるか?
もっと言えば、制作側が何故それ(監督のアイデア)を許容する?
それが⑤ひいては本記事のタイトルに帰結する。
要は、普通にドラクエ5を原作通りにCG映画にしました!
だと客層(売上)が狭まってしまうからだ。
ドラクエを知らない人でもこういう展開なら楽しめるんじゃないか?
という制作側の安易な考えで、監督のアイデアを受け入れたわけだ。
炎上商法的な期待もしているのだろう。
ただこのオチを喜ぶのは、映画にそこまで詳しくないライト層だ。
別にそれ自体まったく悪くないのだが、
問題は原作ファンの期待を煽りつつ、
原作ファンをないがしろにしている点だ。
顧客満足度よりも、とにかく売上を追及している
今の日本映画そのものの姿勢が体現した結果が
このドラゴンクエストユアストーリーなのだ。
こんな映画が続けばどうなるか、当然次の作品は見なくなる。
そう、この作品単体のみで最大の売上を達成する、
という意味では満点に近いと言っていい。
(追記 でも王道でいいやつ作ればもっといけたかも…今の興行成績見ると。8/15現在)
しかし、映画業界の衰退に拍車をかけるのはこういう事を
しているからだ、というのは強い警鐘を鳴らしておきたい。
もう手遅れかもしれないが。
そう、これからも声優に有名芸能人を起用し、
関係ない芸能人に宣伝をさせ、
有名作品を原作として使い、
原作ファンから金をもらい不満足を与えつつ
ミーハー層に媚び続ける、そんな映画が量産されていくのだ。
大分批判しているが、それでも映画自体、クソという訳ではない。
ただ、『こういう話だったら観る気なかった』という層に対して意図的に
券を騙し売りしているところがクソなのだ。
0点は強い原作ファン
60点は原作に興味のないかつ、映画そんな詳しくない人
寛容な人は0~60点の間のどっかに入るかな。
って感じです。
※文中の『焼畑農業』は『短期的な目先の利益を追い求め、
長期的な利益や将来を断つもしくは考えない』ことの比喩
として使っていますが、実際の焼畑農業は必ずしもそのような
形態の農業というわけでは御座いません。