ひまわり行動市民の会
..息子は官僚そして親友が警視庁幹部
警察官僚 内閣情報官 北村滋(きたむら しげる)
警察庁官房長中村格
ひまわり行動市民の会
..息子は官僚そして親友が警視庁幹部
警察官僚 内閣情報官 北村滋(きたむら しげる)
警察庁官房長中村格
これを解明するかのような動きがある。
大本幹部の伊佐男氏と元特高課長の杭迫氏とは第二次事件のなかで、逮捕や拘留、取り調べなどを通じて、当然、お互いの顔を見知った関係であったことは言うまでもなかろう。
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「第五福竜丸展示館」
NHK おはよう日本
平31.4.19
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さて、ここからが私の推測である。
これに大本はすばやく反応し、原水爆反対の署名運動を全国に展開し、六月には百六十万人もの署名簿を国連事務総長へ送っている。旧弾圧側はこの大本の全国的な社会運動から過去の大本の全国的な「昭和神聖会」運動を連想し、危険と感じたのではないか。そして、急に「現代人」七月号から杭迫氏の「反大本原稿」の執筆が始まったのではないだろうか。
この榮二氏の更迭のことが、伊佐男氏の挨拶と合わせて「愛善苑」誌十二月号に載っているが、更迭理由が「対外的活動に忙しく内部事務がおろそかのため」という「こじつけ」のようなものである。
しかも、榮二氏の活動について「東奔西走している」とのみあるだけで、全国的署名運動や国連への署名簿の送付などの原水爆反対運動には全く触れていない。つまり、無視というか、大本とは無関係を装っているとしか言いようのない扱いである。
あたかも旧弾圧側の杭迫氏の反大本の主張を受け入れたかのように、大本の社会的活動が封じられてしまったのである。
大本の全国的運動に旧弾圧側が反応。その旧弾圧側に対応して榮二氏が更迭されるとともに、伊佐男氏の「三代伊都能売御霊論」が発表されている。これを見ると、大本の動きが再弾圧への警戒感を極度に高めたものであるとともに、旧弾圧側にも、弾圧めいた考えが戦後もなお継続していたと想像することは容易である。
大本が聖師の「みろく下生」たる教義を持ち続ける限り、弾圧側と弾圧される側の構図が、戦後もなお続くことを伊佐男氏や幹部役員が認識していたため、その教義を封印してきたということである。
つまり、「三代教主伊都能売御霊論」は再弾圧防止対策としての方便、旧弾圧側に対する「カモフラージュ」ということである。このように私は推論する。
〔宗教文化は誰のものか 永岡崇〕
〔大本七十年史によせる 出口直日〕
〔中外日報 昭和五十六年七月二十四日号〕
生活保護制度について随分と考えさせられた 5月5日(祝)
今日の天気予報では昼間でも所によっては雨が降る、ということだったので雨具を持って事務所に向かった。早番のメンバーと雨対策にごみ袋を持って経産省前へ出掛けた。経産省前は風は多少あったが何時ものようにのぼり旗・バナーを取り付けることが出来た。準備をしているときに早くも北区のメンバーがやって来て、何時ものように御煎餅を差し入れてくれた。一通り座り込んだあと他所へ出掛けて行った。
先週の木曜日の日誌では国会前の座り込みが休みなのに他の人が来るかとずっと待っていて経産省前に来たのは引き揚げる直前だったということだったので午後1時頃になったのでレジェンドさんに電話をして、こちらに直行するように指示しました。先週の水曜日に別れるときに、明日は上に誰もいないからここに直行するように言っていたが、次の日には忘れているのが今のレジェンドさんなので(月)(木)の昼に電話してあげなければならないのです。
常連のメンバーがレジェンドさんと入れ違いに帰られた。奥さんの具合が良くないそうなので来週も無理して来ることのないように、と念を押した。70歳を過ぎるとどちらかが具合が悪くなっているのを私の回りでも時々見かけるようになりました。3時過ぎに3名の人が次々と座り込みに来てくれましたので最大6人での座り込みになりました。連休最後の日でしたが相変わらず経産省前を通る人は少なく低調でしたが、その割りには座り込みに来てくれる人があったので良かったと思います。明日から平常に戻るので頑張っていきましょう。
雨が心配されましたが降ることもなく終わることができました。
初夏の陽気。風は割と強く、バナーは一つにした。
セッティングして間もなく反原発のワッペンなどをカバンにつけた男性がニュースを下さいという。しかし、今回のニュースの束にはたんぽぽ舎のスケジュール表が載っているプリントがなかったのでがっかりされる。それがほしかったのだそうだ。
今日は天皇の代替わり関係の裁判があり、わざわざ富山から上京された方が裁判の前に寄られた。東京に来たときは「テントひろば」の行動に参加するようにしているとのこと。
規制庁抗議行動の後、いつものようにメンバーがこられ、経産省の職員向かって演説。厳罰政策についてよく考え、誤った政策の遂行者にならないようにということをいろいろと歴史的事実等を出して話していた。佐藤ベーカリーのパンはみんなで分けて食べた。通行人の二人の方がカンパをしてくださる。6時に終了するまでに当番を含めて11人が参加。夜は、東海第二原発延長再稼働反対行動(浅草稲荷町)と東電抗議行動があり、レジェンドさんや保っちゃんはそっちにも参加。
インタビューに答える小林節慶應義塾大学名誉教授=東京都千代田区で2019年4月24日、山下浩一撮影
話は1980年代にさかのぼる。皇居にほど近い学士会館(東京都千代田区)で開かれたある会合に、自民党議員らに交じり、米国留学を終えたばかりの小林さんの顔があった。
小林さんが若き日を回想する。記者が小林さんと初めて会ったのは2013年4月。「特集ワイド」の取材である。安倍首相が唱えた改憲発議要件を緩和する憲法96条改正論について「9条改正は不可欠だが、権力者が自らの権力行使のたがを緩めるような96条改正を入り口にするのは邪道だ」と怒っていた。
それから6年。改憲派の重鎮に、今の自民党とその改憲論をどう思うかと尋ねると、小林さんの口から出たのが「自主憲法制定国民会議」だった。
「自民党議員と共に会合に出るようになって、びっくりした。ある式典では、ひな壇の正面に日の丸を掲揚して『皆さん、日の丸を通して、皇居におられる天皇陛下を遥拝(ようはい)しましょう』と、みんなで最敬礼をするんです。日本国憲法下の世とは思えなくてね」。彼らの周辺には、「8月15日には靖国神社に参拝するのが国民的常識だ」と説く「明治憲法復元派」に近い憲法学者までいた。
その自民党が12年にまとめた改憲草案では、小林さんが説いてきた常識と正反対、権力者が憲法で国民を縛る「国民の憲法尊重義務」規定が加えられて仰天し、翌年の96条改正論議に怒り、「明白な憲法違反」と反対し続けた安全保障関連法の成立(15年)にあきれ返った。
17年から、安倍首相が「自衛官の子どもが『お父さんは違憲なの?』と涙目になった」とのエピソードを持ち出して9条改正を訴えだしたことにはこう憤る。
「武装組織を巡る冷徹な議論に、お涙頂戴の情緒論を持ち込む安倍首相です。もはや今の政治に、憲法を変える資格も知性もない。危なすぎる。首相たちはとにかく改憲してみたい、という『改憲マニア』なんです。もう9条を含め、憲法は変えるべきではない。僕はこれまで改憲論者、護憲的改憲論者を自負してきました。でも、もう改憲論者はやめた。護憲になる」
「特集ワイド」の取材で、小林さん、確かに何度も「安倍政権での改憲はダメだ」とは言ってきたが、改憲論者の看板そのものを下ろすとは意外である。学者としての大転換、と言っていい。その真意は後で改めて聞くとして、こうも付け加えた。
「政治も、憲法を巡る状況も、先ほど言った通りのざまです。今、この国の憲政を守るため、打つべき最善の手は何か。そう考えると憲法を変えず、伝統的な憲法解釈をもっと分かりやすく再構築して固め、国民に啓発し、関係法令を整備する。これが一番いい」
昨年、世を騒がせた自民党の杉田水脈(みお)衆院議員の「LGBTなどの性的少数者は本当にそれほど差別されているのか」「彼らは子どもを作らず『生産性』がない」との趣旨の雑誌寄稿も、小林さんにはショックだった。
「LGBTは、いや人間は全て個性的な存在です。憲法は、各個人が、それぞれの個性を大切にして生きることを保障している。にもかかわらず差別がある。だから公権力が差別をなくす努力をすべきなんです。憲法を擁護すべき国会議員が、憲法の一番大切なところをまるで分かっていない。そんな議員たちが、憲法をいじるなんてとんでもない」
小林さんは、生まれつき左手に障害がある。今も人前に出る時は必ず手袋をする。
だからこそ「私が私として」生きることを保障する憲法に感動して学者を志し、「人は生まれながらにして平等で、不可侵の尊厳を持つ」と独立宣言でうたった米国に留学し、学者として、自民党議員らに「憲法とは何か」を指南しようと活動してきた。
「でも安保法案や自民党の改憲草案を批判してから、表立って自民党の議員とは会わなくなってね。一緒にレストランにいても、別々に出たりしてね。野党も野党だ。今の選挙制度では、野党が一つにならないと絶対に勝てない。でもならない。本当に安倍政権と向き合う気があるのか。業を煮やし、16年の参院選、自分で政治団体『国民怒りの声』を結成して打って出ると、今度は野党から『商売がたき』のように見られちゃって」
結果は敗北。所属する国会議員がおらず、メディアから「政党」として扱われなかったことも大きかった。何せ学者である。論争は得意だが、かといって選挙にも強いとは限らない。そんなわけで、あれほど小林さんを持ち上げた自民党も野党も、最近は小林さんに近づかない。
「改憲論を唱えていた昔も護憲派の憲法学者から嫌われて、学会からパージ(追放)されていたからね。子どもの頃から一人は慣れているんだ」
さて、長年の持論の大転換。変節、という意地悪い声も聞こえてきそうだが、本人は涼しい顔である。
「学者も学説も『道具』なんです。世の中をより良くするための。僕も憲法学者として、生まれて、生きて、そして死ぬまでに、世の中に良き貢献をしたい、とずっと考えてきた。それが、昔は9条を含む改憲論だった。でも今は違う。憲法を変えないことこそ、世の中への貢献だ。僕は今年70歳。長年かけてここまで進歩してきたんだ」
夏の参院選の結果いかんで、首相、いや自民党宿願の改憲も政治日程に乗ってくる。
「その時は、今度は『護憲派学者』として、首相らと論争させていただくよ」。ニヤリと笑い、テレビ出演のために慌ただしく去っていった。
経産省・エネ庁は「今だけ、金だけ、自分だけ」の大嘘つき! その115
東京電力に「3つの誓い」を守らせよう、電力購入止めよう
~東電に甘く、メディアに強圧の世耕経産相~
東京電力の「3つの誓い」をご存知? 私はごく最近に知った。
東京電力ホールディングズのサイトには今でも次が掲げられている。
損害賠償の迅速かつ適切な実施のための方策(「3つの誓い」)
(http://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/oath/)
<被害を受けられた方々に早期に生活再建の第一歩を踏み出していただくため、以下の「3つの誓い」を掲げ、各種取り組みを全社挙げて実施してまいります。
1.最後の一人まで賠償貫徹
2.迅速かつきめ細やかな賠償の徹底
3.和解仲介案の尊重>
東電は誓いの1つでも守っているだろうか? 私が、「東電と共に脱原発をめざす会」と東電との話し合いに参加させてもらって<東電は「3つの誓い」を守っていますか?>と尋ねたところ、東電の原子力センターは<当社は「3つの誓い」を常に念頭に取組んでおり、被害を受けられた方々に寄り添い、個別のご事情を丁寧にお伺いしながら、適切に対応しております。>と回答した。
東電は一方で、誓い1に反して賠償を打切り、誓い2に反して多くの被害者から訴えられ多くの裁判で賠償を命じられ、誓い3に反して原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)の仲裁和解案を拒否している。
このような東電を放置し結託して被害者を切り捨てているのが、50%株主である国・経産省)だ。東電を指導する気はない。
一方で、世耕経産相はメディアに圧力をかけている。
5月7日の記者会見でも、共同通信記者が「自動車課の職員が覚醒剤の輸入の疑いで逮捕された」ことを尋ねたところ、世耕経産相はまず次の恫喝を入れた。
<共同通信さんの御質問にお答えする前に、共同通信に対しては、昨年9月、「事実上、MOX再処理を断念」とされた記事について、重ねて訂正を強く求めたいと思います。私が会見の場でこうやって申し上げるのも10回目ということになります。>
昨年9月の共同通信配信記事「MOX燃料の再処理断念 電力10社、核燃サイクル崩壊」
(https://this.kiji.is/408907403083547745)は、本シリーズ「その93」(2018年9月27日)で述べたように正しい。
さすが安倍政権の経産大臣、菅官房長官や萩生田議員と同様に、ナチスのやり口を真似(麻生副総理発言)して、ひとつの記事について10回もメディアに圧力をかけている。
東電に甘くメディアに厳しい経産省を糾弾し続けよう。
東電から電力を購入している人は直ちに他電力に切り替えよう。
5月17日(金)経産省前抗議行動 17時~18時
官邸前抗議行動(首都圏反原連)は18時30分~
半世紀前を振り返りながら、安倍政権批判・経産省批判 4月26日(金)
17時からの抗議行動はメンバーが司会。さようなら原発リーフを地下鉄入口で撒きながら参加した。東電福島原発事故被害者への家賃補助打切りに怒り、他のメンバーが経産省の政策を批判、私から前々日の「原発テロ対処施設遅延なら運転停止へ川内は停止の可能性」報道についてとADR和解案を拒絶し日本原電に資金支援する東電への怒りと官邸によるメディア圧力と反撃、長年の抗議の声を聴かない経産省への怒り、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の「温暖化のCO2原因説」への疑問、そして1960年4月26日の全学連の警官隊との激突と国会デモを思い起こしながら外交でも経済でも失敗している安倍政権と経産省の終りを訴えた。その後、首相官邸「裏」の抗議行動や峠の茶屋も。
今日は10連休の三日目ということで地下鉄などの乗り物は空いていてずっと座って来られたので楽であった。今日の天気予報は一日中曇りで夜遅くには雨が降る、気温は17度ということだったが経産省前に着いたら風もないので暖かく感じた。
今日の経産省前は初め歩いている人もあまりいなかったが2時過ぎぐらいから通る人も出てきた。が日本人で我々の声かけに反応する人はほとんどいなかったー残念ながら。外国の観光客は多いかなと期待したがほとんど通らなかったー観光バスが一台通っただけであった。
しかし座り込みに来てくれた人は入れ替わりであり座り込み者が五人になることもあった。北区のメンバーは御煎餅を二袋も差し入れてくれたし、群馬から来られた方は久しぶりに来られたとのことでお菓子の差し入れてくれたばかりか帰りには事務所まで重いテントグッズを運んでくれたので我々は多いに助けられた。ひと月半ぶりなら淵上さんのお通夜の弔辞は読んでいないと思いテントニュースセットをお渡しした。
レジェンドさんは2時半過ぎに来られたが着くなり腰が痛いと言って椅子に腰掛けられたので、明日もあるから今日の夜の集会には行かないように説得して、昼間だけで充分ということで片付けが終わったところで帰ってもらった。
連休の盛最中で経産省の鯉のぼりも 4月30日(祝)
いつものようにメンバーが手際よく椅子などを台車に積み込んでくれた。その台車を押してテントニュース165号を一瀬事務所と大口事務所に配りながら経産省前に着く。
途中から降り始めた小雨のなかで日傘を広げて、その下に椅子を並べ終えると、雨が止んで一瞬だけ陽が射したりしたものも、空を見上げると海からの風が強く吹いて雲が流れていて雨も断続的に落ちてくる。経産省の正面玄関わきのポールに括りつけられた鯉のぼりが風に吹かれて、隣接する木立に絡みついてしまう。今日からは年頭の国会で可決された今年だけの特別立法により5月2日までの特例休日とされて、昼過ぎの官庁街には人通りが殆どなかった。しばらくすると通り掛かったご婦人が足を停めて、近所の職場を5年前に退職してから久しぶりにこの近辺にやってきた、と言いながら財布からお札を出してカンパを寄せられた。雨が上がった夕方4時、事務所に戻ってから6時までの会議を終えて解散となる。
天気予報では雨のようだったが晴れて青空まで見えた。しかし、やはり雲行きは安定してないようだったので、パラソルや雨合羽や傘を積んで事務所を出た。
途中で、全労協のメーデーのデモに行き合った。そうだ、今日はメーデーで、それに天皇代替わり行事を安倍はぶつけてきたのだ。経産省前には11時40分頃に着いたが、日比谷野音を出発したデモ隊が次々と通るので、座り込みのセッティングをしつつ、すぐに幟旗を立てて、デモ隊と交歓した。デモ隊の宣伝カーも「経産省は原発再稼働をやめろ」「被災者を守れ」などのシュプレヒコールをしていた。また、「経産省前テントひろばの人たちが頑張っています」などと言ってくれた。
12時前に、福島の黒田さんがメーデーと天皇制反対の行動に参加するつもりで上京してこられ、まずテントひろばに来てくれたので、黒田さんを含めて、デモ隊に「原発はやめましょう」と呼びかけた。デモ隊には割と顔見知りの人、テントひろばに参加しくれた人もいて心強かった。天皇賛美の「バカさわぎ」に対して、異議申し立てをする意味もある労働者たちのメーデーなので、なんかみんな元気がよい感じがした。
黒田さんはその後集会に参加した。そのあとも、いろいろな人が寄ってくれた。
通りすがりのご夫婦は、私たちに、こういうことをやっていて効果があるのか、意味が有るのか聞いてきた。効果があり、意味があることを述べたら「頑張って」と言ってくれた。少しして、そのご夫婦は戻って来られて、「カンパをした方がいいじゃないか、金は余裕があるかを相談して、カンパできることになったので、ひとり千円で、二人で二千円をする」と言ってカンバをしてくださった。感激。
水曜日なので通常は規制庁前で抗議行動があるが今日は休日なのでなかったが、メンバーは座り込みの方に来て、経産省に向かって「経産省は原発政策をあらためよ」と演説していた。普段は仕事なので来られないが今日は休みなので来たと方が今川焼を持ってきてくれた。全労協のデモが終わってメンバー達も寄ってくれた。レジェンドさんも来られた。その他にも常連のメンバー、ときどき来られるメンバーたち。
3時頃、茨城の方が知り合いと待ち合わせで来られた。相手の方は京都の人だそうだ。カンバをくださった。3時過ぎには、皆さんそれぞれ夜のデモに参加するとか用事とかで散って行かれた。3時30分ころから霧雨が降り出した。タモツベーカリーのおいしいパンをメンバーはじめいろんな人に分配した。「ああこれがおいしいパンなのですね」という人もいた。4時に今日の行動を終える。レジェンドさんはいつも最後までおられて、片付けを手伝ってくださる。雨はシトシトと降りしきっていた。
11時40分過ぎ霞が関に着いて早すぎたかな?と思ったのにもうメンバーがセッティング始めていたのでびっくり!
事務所を出るとき大雨だったそうだ。
私が着いた時もまだパラパラ降っていたが、すぐに止んで助かった。
明日の憲法集会の準備・家庭の事情でメンバーの二人が休みと言うことで困ったなと思っていたら勝爺が来てくれて嬉しかった。
12時半ごろには雨はすっかり止んで陽が差してきた。
メンバーは昨日の日比谷のメーデー集会・終わりにしよう天皇制・新天皇いらない「おわってんねっと」のデモにも参加したと話してくれた。
テレビは平成の終わり・令和の始まりとそればっかり!
そして浮かれている人たちを見てがっかりです。
1時前に通りがかった上品な老婦人と娘さんと思われる人が立ち止まって見ていたのでチラシをお渡ししたらカンパして下さった。
座り込んでいて良かったと思える瞬間でした。
しばらくしてメンバー達が来て3時まで座って下さった。
2時ごろにはたんぽぽ舎のボランティアの方も来てくれちょっと賑やかになって良かった。レジェンドさんは一人で議員会館前に座っていたそうで片づける間際にやって来た。
さすがに10連休のせいか経産省の窓に明かりは見えず鯉のぼりだけが悠然とたなびいていた。
好天に恵まれて憲法集会と経産省前座込み 5月3日(祝)
朝、紙上の二つの意見広告を見て大急ぎで有明に向かう。「さようなら原発一千万人アクション」のリーフ撒きをし、公園内のブースを覗いてから、経産省本館前に移動。イロハの人たちやレジェンドさんがゆったりと座っている。男性が有明からチャリで駆けつけてきて「ご苦労さんです」とエール。本館も蛍光灯が付いているのは4階だけ。
午後3時を過ぎると雲行きが怪しくなってきた。ほんの僅かだが雨がポツポツと落ちてきた。遠くで雷の音がしたので地下鉄に
今回の参加者は8名、選者により入選句が読み上げられ、入選者へ雑誌やビール、和菓子などの景品が手渡されました。
「変」
特選
・10連休遊ぶ人々食えぬひと - 芒野
秀句
・おかしいをおかしいと言えぬこの国は - やまつつじ
・変人と云われた人も脱原発 - 乾草
・変わらない戦争責任問わぬ国 - 無位史膳
・安倍政治変な世はもうお断り - 落葉
「愚」
特選
・空洞の政治気づかぬ愚者の国 - 草地
秀句
・九条をいじって平和こわす愚者 - 乾草
次回の脱原発青空テント川柳句会は2019年6月30日(日)13時から開催いたします。
原子力ロビーによる放射線被曝の押付けを拒否しよう! その14
WTO最終判決「韓国の水産物輸入規制は妥当」が示す世界各国の日本への不信
~食品中の放射性物質基準は「世界で最も厳しいレベル」では無い~
2019年04月29日
去る4月11日に世界貿易機関(WTO)の紛争を処理する上級委員会が、韓国が福島をはじめ8つの県産の水産物の輸入を全面禁止していることをWTO協定違反とした1審(紛争処理小委員会)判断を破棄し、日本が逆転敗訴した。更に4月26日に外務省が<WTO紛争解決「韓国による日本産水産物等の輸入規制」上級委員会報告書及びパネル報告書の採択>とサイトにアップした。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_007380.html
更に、「日本産食品の科学的安全性は認められた」との記載が第一審の判決文にあたる報告書になかった(朝日新聞ディジタル)こと、現在も23カ国・地域が日本産食品の輸入規制を続けていることも明らかになった。
安倍政権や外務省が悪あがきしているがこの現実を私たちは真摯に受け止めないといけない。世界貿易を推進する世界組織が韓国の放射線汚染を理由とする食品輸入制限を認めたのだ。私たちが毎日食べている食品は大丈夫だろうか?
残念ながら大丈夫ではない。官僚も税金も私物化し官僚から記憶も記録も無くさせている安倍政権だ。食品の安全についても嘘をついている。
例えば、復興庁他10省庁による「放射線リスクに関する基礎的情報」や復興庁「放射線のホント」や文科省「放射線副読本」に記載されている表「食品中の放射性物質の基準」には、日本の基準(一般食品100、乳児用食品50、牛乳50、飲料水10)【Bq/kg】に対して、EUやアメリカやコーデックスでは1000【Bq/kg】以上と記載している。しかしながら、同表には作為があり、日本のは「平常」時の値であり他国のは緊急時(事故後)の数字だ。この表で「日本は世界で最も厳しいレベルの基準」と主張しているがこれが真っ赤な嘘なのだ。
日本政府がこの様に「日本は世界で最も厳しいレベルの基準」と偽って我々「国民」に放射性物質を押し付けている中で、近隣諸国が心配して水産食品の輸入を制限することは当然だ。今回のWTOの決定により、他国にも輸入制限が拡がることが懸念されているのも分かる。本当は「内部被曝から体を守るためには徹頭徹尾、放射能汚染された食品を口にしない」ことが大事なのだから。政府による放射性物質含有食品押しつけを常に警戒しないといけない。
5月10日(金)経産省前抗議行動 17時~18時
官邸前抗議行動(首都圏反原連)は18時30分~