TVキャスター上杉理恵子 其の九
あぁ、お嬢様、足元にお気を付け下さい、 黒岩はまるで理恵子を女王様の手を取るような丁寧な言葉で言ったのだ。 いやだわ、 ディレクター、ヤメて下さい、 お嬢様だなんて、 私、緊張しちゃって歩けなくなりますから、 理恵子は黒岩が冗談を云ってる事は分っていた。 しかし自分がかなり緊張している事も分かっていたのだ。 二人が其の入り口に入ろうとした時だ、 ふっと開かれていた扉の後から小柄の若い女性が現れたのが分った。 よくいらっしゃいました、女は笑顔で丁寧にお辞儀をしたのだ。 御案内します、さぁ、どうぞ此方に、と手を差し伸べたのだ。 えっ、 理恵子は驚くように黒岩の顔を見た。 その女性がまるで中世ヨーロッパの貴族社会の映画に出て来るような可愛いお手伝いさんの格好をしているのが見えたからだ。 アラ、この人可愛いわ、私と同じ年くらいかしら、 でも何か艶っぽいわね、 バストがすごく大きそう、 そう思っていると女はさっと二人を案内するように前を歩き出したのだ。 理恵子は白いエプロンを三角折りにキュッと結ぶ可愛い女性の後姿を見ながら、何故かこの女性に妖しい妖艶な雰囲気を感じるのであった。 ふっふっ、理恵ちゃん、云ったろ、演劇はもう始まっているって、 黒岩もこの女にそんな妖しい雰囲気を感じ取ったのだろうか前を歩く女を指差しながら小声で言ったのだ。 ふう~ん、 始まってるの? ふふっ、 でも本当に何かしら、 すごく拘ってるみたいだわ、 此処のオーナーさんてどんな人なのかしら、 理恵子も前を歩く女に気を使うように小声で黒岩にヒソヒソと応えていたのだった。
真っ赤な絨毯の上を暫く歩いた三人の前に鏡のようにピカピカ光るエレベーターが見えた。 えぇっ? やっぱり面白い格好だわ、 これコスプレみたい、 ねぇ、黒岩さん、写ってる、ふふっ、 面白いわ、 其のエレベーターのステンレスの扉に写しだされた三人の姿に理恵子は演劇を観るどころか自分も何かに参加するような楽しい思いを感じさせていたのだ。 白いエプロン姿に胸が異常に大きい可愛い女、そしてその後でキャット眼鏡をかけた二人の男女の姿が浮かび上がっていたからだ。 此れで上に行きます、女がエレベーターのボタンを押しながら云った。 スッと開いた扉を押さえて女は二人に先に乗るよう促がしたのだった。 理恵子は有難う御座います、と丁寧な言葉をかけながら黒岩と二人で乗り込みながらまた女を見た。 やはりこの人胸が大きいわ、 背の高い自分に比べて小柄な女を見下ろすように見た理恵子は思った。 だがこの女こそが理恵子を奈落の底に突き落とす最初の女になるのだ。 ジャンヌダルクへの熱い思いに胸を時めかす美しい新人アナウンサー上杉理恵子にはそのような怖ろしい運命が待ち受けている事など夢にも思わなかったであろう。 三人を乗せたエレベーターは音も無く其の汚辱の入り口へと向かっていくのであった。
片桐源蔵 オリジナル作品
