僕は教諭時代に
一度だけ
子どもに
「戦慄」
を感じたことがあります…
こんなことを書くのは
教師として
失格なのかもしれません。
しかし、
僕の感じたままを記すことで
少しでも読んでいただいている方がいる中
その一年の本気の関わりで
その
「戦慄」
を感じた彼が
卒業時
僕と一緒に写真を撮って
学校を後にしてくれるようになったことを
知っていただき
「学校も捨てたもんじゃない」
と思っていただけたら嬉しくて…
心して記します
彼のことを知らないものは
学校にいませんでした
今は
発達障害の概念がかなり広く
知られるようになり
早い段階から様々なケア、教育相談など
その子にとって
今、
そして将来のため
どういったアプローチが必要か
学校だけでなく
各専門機関の力も結集し
チームで支援していく体制が
作られているかと思うのです。
もちろん
それでもまだまだ課題はあるかと
思います。
でも…
僕が彼と出会った頃は
まだ今ほど
発達障害について認知されておらず
教師の中であっても
心ない言葉で
否定してしまう方がいました。
僕が彼を担任したのは6年生でした。
前年度後半は不登校状態でした
彼のことはもちろん知っていました。
彼が3年生の頃
全校朝会の地で
彼の担任の先生が前に立つと
全校生がいる場でも
おかまいなしに
大声で攻撃的なヤジを繰り返す。
そのイメージが
強烈に残っていました。
ですから
彼の担任が決まった時
まずそのことが浮かび
同時に
そんな彼と
全力で向き合っていくことを
心に誓ったことを覚えています。
しかし
そんなに
簡単なものではありませんでした
始業式で出会って
順風満帆だと思っていた
彼との関係は
一気にピンチとなるのです…
続きは後日
今日も読んでいただいてありがとうございます。