Debussy - Prelude to the Afternoon of a Faun | ooltcloud

Debussy - Prelude to the Afternoon of a Faun




この前奏曲の音楽はステファヌ・マラルメの美しい詩をきわめて自由に絵解きしたものである。その総括なぞと言うつもりはさらさらない。むしろ一連の背景であってそれらをよぎって半獣神の様々な欲望と夢が午後の熱気の中を動き回るのである。それから恐れて逃げるナンフ、ナイヤードたちを追い回すのに疲れて半獣神は陶然とするような睡りに身を任せてしまう。普遍の自然の中ですべてが我が物になるというついには実現されるだろう夢に満ちて

- ドビュッシー自身の曲目案内文 ―




私が逃げ回るナンフであおいが半獣神であったなら

話は早いだろう

私がとって喰われてしまえば良いだけの事だ



だが一応私にも自我というものがあり

あおいも人間である



本当にまいっている



あおいが何度も何度も謝るのが

それでも気がつくとじっと見つめられていることが

今まで通りの友人として私の悩みを受け入れようと言う態勢を

無理に勤めようとそっけない態度をしようとしているところが



すべてがまざまざと分かってしまうことがとても苦しくなる



いつも漢字やむつかしい言い回しや古めかしい言葉と

永遠かと思える時間をすごしてきているせいか

ここでの文体はかなり適当になっているが

ますますもっと和みたいところである



私は今まで女性としか付き合ったことしかないし

男性に好かれたこともない。。。はずだ。



その前になぜ私なのだ・・・



どこがいいのだ



ひっきりなしに下らぬ妄想に囚われ

現実からすぐに逃避してしまうような男が。

大して腕っ節も強力というわけでもなし

その真逆かと思われることもたびたびあるくらいだ


もしかしたらあおいの方がまだ男らしいかも知れぬ


そんな言葉使いだからよく勘違いされるんですよともよく言われる


そう言えば電話でのやり取りしかしていなかった者と

何かの拍子で対面することになると

大抵本人ではないと思われることが多い




だから尚更自分にはまだ人に何かを諭すなんてことは

恐れ多いと思ってしまうのだ

そんな未熟者のどこがそんなに気に入ったというのか




あおいの告白によって私は本当に打ちのめされた



私とは一体何者であおいが好きになったというのは

一体誰なのだと


そう言えば以前あおいが貸してくれた本の中に

こんな状況の内容の話があった


もしかすると感づいて欲しかったのか。。


私はなんて鈍感で愚弄で卑怯者なんだろう


どうしてもっとあおいと向き合うことができないのか


どうして多少の妥協ができないのか


その本の中では恋が成就できず 死んでしまったものがいた


あおいがもしそうなったら私は後悔しないのか


こんな命 いずれは死を迎える命

死を望んでいる命


そんな命などあおいにくれてやってもいいではないか




だがしかしあおいはそんな私の気持ちなど受け入れてはくれないだろう


あおいが望んでいるのは真のわたしの想いのはずだ

長年付き合っている友人だ

それくらい判る

もしも私が 先ほど言った理由であおいを受け入れた場合

あおいはかなり傷つきもっとひどい結末になるかも知れない



なぜここまで思いつめる意味があるのか


私はうぬぼれすぎか


一時の感情かもしれないではないか


もしかしたら私は舞い上がっているのか


本当はあおいが好きなのではないか



私は一体どうしたというのか


まさにパラドックスに陥ってしまっている


このまま抜け出すのが難しいならば

その渦の中に飲み込まれてしまったらどんなに楽であろう・・・



私は一応だが今まで普通の男子然として生きてきた


だがあおいを失うのも受け入れがたい

だからと言ってやはり・・・・・・



まだまだ答えは出ない



今夜は私がすっかりへとへとになってしまっている



数日中に一度しっかり話をしてみようと思う



できれば昔のように酒でも飲みながら・・



あの頃に戻れたらどんなに良いか。




堕落的で退廃的な生活を望んでいた私に


このような衝撃がやってくるとは


まさに事実は小説より奇なり  である。




ああ


これが他人事であったらどんなに良い事か・・