うーろんの ロサンゼルス 事件簿 -14ページ目

うーろんの ロサンゼルス 事件簿

2011年1月にサンノゼからロサンゼルスへ。でも危うくとんぼ返りしそうに

3日で終わるかもしれなかったロサンゼルスの生活を
一日一日を大切に過ごしながら綴りたいと思います

家族:うーろん、ダンナ、娘(コうーろん4歳、チビうーろん6ヶ月)、モンゴ(ねこ)

そんなわけで、ダンナの両親が2週間半(も?べーっだ!)滞在していたので、前から摩訶不思議だったこのお二人を、間近で見ることができました。

自分も国際結婚しておいてあれですが、このカップルは国際結婚の王道を行ってます!絶対!!

お義母さんは45年以上前にベトナムから渡米していますが、20代後半でしたし、今もかなりのベトナムなまりがあります。ダンナと出会ったころは、電話でお話すると全く内容がわからなくなってしまうので、極力面と向かってお話するようにしていました。(今は50%くらいキャッチできるように。)

でなんなのかと言うと、お義父さんも、結構お義母さんが言ってることがわからないことがある、ということが判明したのです。

毎日一緒にいると、どうしてもお義母さんが「○×△××○○○, yes?」とふと話しかけて来て、とっさに「what? what was that?」と聞き返し、もう一度言ってもらっても、それでも今ひとつ掴めないことが出て来ます。あんまりわからないとお義父さんに助けを求めてみますが、これがお義父さんも結構理解していないことがよくあるんです!(ノ゚ο゚)ノ

しかしこの2人は47、8年も連れ添った夫婦。どう見ても仲良しで、心が通じ合っていないとは思えません。

それで、わたしが昔からもしかしたら。。。と思っていたことがあるんですが、

国際結婚がうまくいく理由は、もしかしたら、ネイティブの言語でわかり合おうとしないことにあるんじゃないかと。。。

言葉は、人を喜ばせることも、傷つけることも、ときには言葉の限界にとらわれて、邪魔になってしまうこともあります。言葉を発する方も、受け取る方も、この可能性があります。とかいうと、普段ちゃんと言葉でコミュニケーションが取れてるのか、自分も全然自信がないですけれども!

お義母さんとのコミュニケーションは、言葉に頼れない部分は、ささいな目や動作の変化を注意深く見ることで補います。そうして見えて来るお義母さんは、50年前の当時、言葉の壁を大きく大きく越えてお義父さんを魅了してしまったことが、なんとなーくわかるような気がします。素直な人なんです、ほんとに。

これが逆に、もしお義母さんの考えが、事細かに英語で淡々と語られていたなら、お義父さんの言っていることが、お義母さんに全部わかってしまっていたら、こんなに夫婦がうまくいくのかというと。。。きっと今よりずっと難しいのではないかと思うのです。

ぶっちゃけ、夫婦がケンカしている時に本当に必要なのは、要点だけ(たぶん一割未満)で、残りはいらんことばっかり言っちゃってませんか?←かんぺきに自爆してますけど(#⌒∇⌒#)ゞ

言葉に邪魔されない夫婦。はたから見ると会話が噛み合ってなくてハチャメチャな印象を受けそうですが、実はそーーんなことは問題でない、最強の夫婦なのかもしれないですね~ラブラブ

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この週末は、ダンナの卒業式に行って来ました!! 念願の、博士号取得完了です・°・(ノД`)・°・

そしてこれは、わたしたち夫婦にとって、8年越しのプロジェクトが終わったようなものなんです。

思えば10年前に出会って、夢は博士号取得だというのに、機械のようにただひたすらたんたんと会社に通っていたダンナ。「そんなに突飛な夢でもないし、早くやればいいぢゃん!!」とドンッと後ろから押してしまった時は。。。まさか向こう8年越しになるとは思ってなかったなぁ。。。(;´▽`A``

もう書き始めたらきりがないですが、妻のわたしの立場から言うと、ダンナの夢に付き合って仕事を辞めること2回、収入源なのでコうーろん出産後もすぐ仕事復帰だったし、なんだかとにかく「ここはなんとかするから、早く終わらせようね!!」とひたすら信じてやってきた感じでした。ダンナの夢は、いつしかわたしの夢になってしまっていたと思います。

工学部の卒業式は、石の階段が座席にもなっている、屋外講堂で行われました。(シャレにならないくらい寒かったです!)博士号取得者はステージの上に座らされるのですが(3時間半!)ダンナはラッキーなことに、最前列でした。それでも、肉眼で見て口が開いているか閉まっているか、かろうじて見えるくらいの、かなりの距離がありました。

六角形くらいの黒いベレー帽と、袖の膨らんだ長いコートを着せられて、後で顔を合わせた友達にも、ちょっと「ぶぶっ!」と吹かれてました。(≧▽≦) 卒業生が順に呼ばれ、博士号卒業生はそれぞれのアドバイザーだった教授に、青いタスキのようなものを後ろから首にかけられます。
デジカメの目一杯ズームして撮ったものがこれです。
うーろんのロサンゼルス事件簿


さて、ダンナがタスキをかけられる順番がやってきたとき、もうダンナのお母さんと大はしゃぎアップ だってうれしかったんですもの~ラブラブ人に見られてもへっちゃら。そうよ、あれはわたしのダンナ~~クラッカー

でも大騒ぎしながら、タスキをかけられる豆つぶ大のダンナを見て、そしてお互い手を振りながら確実に目が合ったと思った瞬間、ちょっとウルっと来てしまいました。(ノ_・。) なんだかんだ言っても、やっぱり本人のやる気と脳みそがなかったらできなかった難業。本当によくやったと思うし、うちらも気持ちが離れることなく、ここまで一緒に来ることができてよかった

式後にダンナの友達と家族を集めてレストランで開いたささやかなパーティーでは、アドリブでスピーチを求められたダンナが、「そしてなによりも家族の支えがあったこと、特に僕の妻には本当に感謝しています」的なことを言ってのけたので、びっくりしました。そいういうキャラでは全然ないので。。。(///∇//) 

結婚生活ほとんどを、ダンナ=学生、わたし=大黒柱で暮らして来たふたりが、ここで大きく「ごく普通」に変身しました。「学生の方が楽だったなぁ」と早い朝をぼやく彼と、「早起きしなくていいって幸せ~ドキドキ」と喜んでいるわたし。もっとも、わたしはそろそろ仕事に戻りそうですが、働いていなくても家族が路頭に迷うことはないという気楽さは、もうちょっと堪能したいくらいです。ふふふ。。。( ´艸`) 


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先々週から、ダンナのご両親が遊びに来ています。

お義母さんはベトナム出身ですが、サイゴンがホーチミンに改名される前にお父さんにプロポーズされて国を出ていて、今はもう変わり果てた祖国を振り返らずに生きると決め、アメリカ国籍です。

お義父さんは、スエーデンとノルウェーからアイダホ州に移民してきたカップルのひとり息子で、スカンジネビア人らしくひょろーんと背が高くて、とっても温厚です。でもわけあってベトナムでお母さんに出会い、あのシャイなお父さんが、いきなりプロポーズしてお母さんを連れてアメリカ戻って来たんですから、やるときゃやる!人なんですね。

このお義母さんを、ベトナムの祖国を懐かしめるレストランに連れて行くべく、ひょんなことから小耳に挟んだLittle Saigon(リトルサイゴン)に行って来ました。

うーろんのロサンゼルス事件簿


ベトナム料理店では本格的なとこでしか見つからない、Banh Xeo(バンサオ)が特に有名だというVan'sを目指して行きました。Banh Xeo は、一見オムレツに見えますが、この黄色い皮は黄色い豆でできていて、タマゴは入ってません。この皮の中に、炒めたもやし、豚肉、えびなどが入っています。そして一緒に出される、やまのようなレタスとハーブ各種。ヌクマムベースのつけ汁も付いて来ます。

これを、レタスー>ハーブー>バンサオの皮と中身ー>つけ汁にダンク!

という感じで全部の味のハーモニーを楽しみます。噂通りVan'sのBanh Xeoは、皮がパリパリでハーブが新鮮でつけ汁が程よい塩加減で、総合してかなりおいしいです。


こんな風にレタス、ハーブ、バンサオを入れて。。。



レタスで全部巻き込んで、それをつけ汁にダンクして食べます。(手がすごいことになります^^;)うーろんのロサンゼルス事件簿


お義母さんも大満足してくれて、またロスに遊びに来たときは、絶対にまた行きたいということです。良かった良かった o(^▽^)o

Little Saigonは、トーランスから405を南にひたすら走り、ロングビーチを越したあたりで22に乗り換えて、5マイルほど東へ行ったMagnolia出口から案内が出ています。というか、フリーウェーを出た後は、どんどん近づくにつれベトナム語ばかりになるので、疑う余地もないです。レストラン以外にも、ココナッツミルクにいろんなゼリーが入ったデザートを各種扱う甘いもの屋さんとか、ベトナム料理ならではのものが目白押しです。

今回行った、Banh XeoのおいしいVan'sの詳細はこちらです


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