年の瀬の実感がないなぁ〜
皆さんは 
どんな年末をお過ごしでしょうか
故郷に帰省して
懐かしい家で過ごしていますか
気持ちはあっても
いろいろな事情で
あるいは
家族に会う事が 少ししんどくて
帰省せずにいますか
帰る故郷など特に無いです と言う人も
きっといるのかな
家族や友達と
豪華な旅行の真最中の人や
人生初の海外旅行や
ちょっと秘密のドキドキ旅行とか
そんな人達もいるけれど
何も変わらない日常だよ、という人
年末年始も仕事やバイトです
と言う人も…。
クリスマスや年末年始、
「こういうイベントの時期は
むしろ 何をして良いかわかりません
普段は何も考えなくても 1日は過ぎていくけど…
こういう時は 
どうやって1日を過ごせば良いかわからない」
そう言う若い子がいました。
『え、大掃除とか 正月飾りとか 
 年越しのお買い物とか 年賀状とか  
新年は誰に会いに行こうかな とか…
なんとなく慌ただしく無い?』
「…ない。
したいとも思わないし 
やる意味わからんし、
やった事ない」
やった事ない
と言う言葉が
胸に刺さりました
そうだよね
クリスマスや
お正月が待ち遠しくて
ワクワクするのは
ワクワクした思い出があるから
また あの楽しい日が来るぞ、と思う。
自分が楽しませてもらった事を
今度は我が子にしてあげたいと思ったり
面倒でも
大掃除しなきゃ、とか
正月の飾りものは28日だ!とか
そう思うんだよね
良くも悪くも
刷り込まれ
繰り返し
受け継いで行く
もし
もしもね
そんな温かな思い出が無くても
1人でも
ここから
作ってみませんか
ちょっと特別な思い出を
別に 高価な飾りモノを買えと言ってるのでは無く
部屋のどこか 片隅を
ちょこっと片付けてさ
白い紙 とか色紙とか何でもいいから
四角く切って  
その上に
ミカンふたつ 
雪だるまみたいに重ねて
ほんの一輪
花でも買って
コップに挿して…
え? 花なんか誰が見るのか?
自分ですよ
自分のために
お正月を
迎えてみませんか
私は 今年のお正月は1人です
ちょうど鶴さんが亡くなる20日くらい前に母が脳出血で倒れ 入院していまして
いつもは 母と 娘や親族と、 山で過ごして来ましたが… 
今年は 病院へ
講演会で飛び回っていた私の代わりに
娘は殆ど病院で過ごして来たので  
「年末年始は 出かけておいで」と
これから旅行に送り出します
「いってらっしゃい」
いつもの送り出しですが
年を越すんだな と思うと
『また来年ね…
』
「また来年会おうね
…って、大げさだね
」
と馬鹿なやりとりをしました
遊びです(笑)
言葉遊び
そして
本当に 少し寂しい
「いってらっしゃい」は
いつも少し寂しい
ほんの少しの間の
お別れです
やなせ先生が教えてくれました
「行って帰る 全てがそうなんだよ
そして その間が冒険だよ。」
朝出かけて 夜帰るのも
何年間の学生生活や転勤で家を出るのも
生まれて  還るのも
全て
行って   帰る
その間が
冒険
人生
成長
だから
「行ってらっしゃい」と笑って送り出してあげなきゃ、ですね。
でも、考え方を変えるとね
こっちから見たら 「行ってらっしゃい」  だけど
向こうから見たら 「お帰りなさい」なのですよね。
学校へ送り出す側は「行ってらっしゃい」
学校の先生は「お帰りなさい」
誰かに会ったら(初めて会ったとしてもね)
「私のところに お帰りなさい」
なのですね
さよならする時は
「行ってらっしゃい」ですね
またいつか 会えるかもしれない出会いですから。
私の心の中で やっと送り出す事ができました。
なぜなら
増岡さんが
「さよならは言いたくありません
行ってらっしゃい  と言いたい」
そう言ってくれたから。
全員で
「行ってらっしゃ〜い」と最後に大きな声で 鶴さんを送り出しました。
皆さんも
そう言ってこの世界に送り出してもらったのかもしれませんね。
行ってらっしゃい
大変な人生の人もいるでしょう
辛い時を過ごしている人もいるでしょう
でも
必ず
お帰りなさい と  心の中であなたを迎えてくれている人がいます
お店のおばちゃんかもしれない
駅のおじさんかもしれない
大きな空の上かもしれない
そして 
少なくとも
あなた自身が
誰かを 
そんな風に思って生きる事は
いつでも始められますから
バタコさんは
いつでも
そんな役目でいたいと
とても強く思う年の瀬です

