ヘルパーさんに入ってもらうようになって4週間が過ぎたが、正直あまり上手く行っていない。一昨日、僕が帰宅すると、待ち構えていたように義母が言った。

「ヘルパーさん、役に立たないよ!」

それから30分程、溜まった不満を聞かされた。さらに、6月分の請求書がちょうど届いていたので、その金額を見せると、

「こんなお金を払う価値はない!断って!」 

と言われた。

いささか面食らったが、詳しく聞いてみると義母の言う事ももっともに思えた。僕は、件のヘルパーさんにまだ3回しか会っていないが、確かにそんな様子だったと思い当たる節がある。

妻、本人はどうかと思い「嫌だった?」と聞くと、コクリとうなずいた。

義母のストレスは、耐えられないところまで来ているようだし、これでは、継続は難しいと考え、ケアマネさんと相談して、とりあえず一週間、予定をキャンセルしてもらった。ヘルパー導入は、早くも暗礁に乗り上げた感じだ。
先が見えない状態だが、とりあえず何があったかだけ、書きとめておこうと思う。

介護事業所の説明では、4人のヘルパーさんがローテーションを組んでくださると言うことだった。しかし実際には8割方、今回問題になったヘルパーさんが受け持ってくださっている。

その方は、おそらく60過ぎと思われる女性で、まず、声が大きい。初日に僕が立ち会った際、妻の耳もとで、人前でスピーチするくらいの声量で、一語一語区切りながら、

「こ・ん・に・ち・は!ご機嫌いかがですかあ!!」

と言ったかと思うと、妻に文字盤で名前の文字を拾わせ、

「よくできましたあ!」

と言って手を叩いた。まずいなと思い、

「妻は言葉を話せませんが、耳は普通に聞こえているので、そんなに大声で話さなくても良いですよ、それに文字盤も、子供をあやすように褒めると馬鹿にされたようで本人が傷つきますから。」

と伝えた。するとヘルパーさんは、

「そうなんですかあ!すいません!!」

と答えたが、その声が既に大きい。おそらく老人介護をしている習慣からなのだろうが、なかなか声のボリュームを落とせない様子だった。

この時、僕も若干嫌な予感はしたが、一応注意もしたし、改めてくれるだろうと軽く考えていた。

ところがそう簡単には行かず、義母によると大声は変わらないし、それだけでなく頼んでもいない事をするのだそうだ。

例えば、義母が娘を迎えに行って帰ってくると、妻を立たせて玄関まで歩かせ、出迎えさせようとする。ヘルパーさん曰く、「立って歩かせる練習をした方がいいと思って」なのだそうだ。

また、妻がスマホを操作して音楽を聞いていたりすると、覗き込んで、何を聞いてるんですか?と話し掛け、会話しようと文字盤を差し向ける。

実際この数ヶ月、妻は、義母や僕とすら、文字盤で話したりはしていない。体調の悪さと疲労感で、指を動かすのが苦しいようで、頷き、首振りと簡単な指差ししかしようとしないのだ。

ヘルパーさんは恐らくALSについの知識がなく、運動不足か何かのように、訓練させれば良いくらいに思っているのだろう。本人にしてみればたまったものではなく、立たされ、あれこれ尋ねられて、嫌と言いたくても言葉を話せず、返答を強制されるのだ。ヘルパーさんがいる間中、苦痛だっただろう。

さらにもう一つ悩まされるのは、痰吸引のことだ。義母によると、

「下手すぎてとても任せられないから、私が代わってやっている」

のだそうだ。実はこれも思い当たるところがある。
ヘルパーさんが痰吸引をするためには、基本的な研修を受けた上で、さらに各利用者宅で、訪問看護師からマンツーマンの研修を受け、手続きすることが必要なのだそうだ。

その、マンツーマン研修をしているときに僕も立ち会ったのだが、ほんの1〜2分、機器の操作や、カテーテルの洗い方を確認したに過ぎず、肝心の吸引については、カテーテルの先端で舌の上を数度撫でただけという、恐ろしく形式的なものだった。

この時もかなり嫌な予感はしたのだが、何しろ基本的な研修は受けた上での研修と聞いていたので、本番ではしっかりやってくれるだろうと思い、これも軽く考えていた。
義母によると、まるでだめだったということだが。

ALSへの無理解と、痰吸引の不安。
この2点は看過しがたいので、少々悩んだが、一週間のヘルパー休止を決断した。来週、義母とケアマネさんとで、もう一度話し合って今後を決める。

今回の件、原因は何かと考えれば、一つは、ヘルパーさんに能動的な仕事が全く割り振られておらず、手持ち無沙汰になることだろうと思う。
以前の記事に書いたが、ヘルパーさんに炊事や掃除などをお願いするのは、役割上問題がある。そのため、お願いした1時間、ボーッと妻の隣に座って、トイレ介助の機会を待ち、痰が絡まないか見守っているだけの役目を頼んでいる状態だ。

妻は妻で、やはり他人には気楽にトイレ介助を頼めないようで、我慢して過ごすことが多い。そうすると、1時間の間、せいぜい唾液や鼻水を拭くくらいのことしか、本当に仕事がない場合がある。ヘルパーさんが、良かれと思ってあれこれ考えて動くのも分からないではない。

もう一つは、やはり妻とのコミュニケーションが難しいことだろう。会話はもちろん、文字盤を使っても、ろくにコミュニケーションが取れない状態なので、ヘルパーさんとしては、本人が何を思っているのか分からないまま、トイレ介助や痰吸引を任された形になり、何とかコミュニケーションを取ろうと焦ったのだろう。

しかし、理解はできるが、こちらはそれでは困る。
どうしたものかというところだ。

実は、義母から聞いた話はこれだけでなく、特に一昨日は相当険悪な雰囲気になったらしいので、聞いた話をもう少しだけ書き残しておこう。

ヘルパーさんが家に来たとき、コンコンといつまでも扉をノックしてうるさかった。
ちょうど義母は、痰吸引をしていて出られず、いつまでもノックを続けるヘルパーさんにキレた。

「カギは開けてあるから入ってくれればいいのに!
 ノックでなくチャイムを鳴らせばいいのに!」   

ヘルパーさんは、

「静かにして欲しいなら、「静かにしてください」と書いた札を玄関にぶら下げておいてください!チャイムはどこを押せば良いか分からなかったんです!」

と答えた。
義母は、

「札をかけるなんてことは、恥ずかしくてできないし、チャイムは見れば分かるでしょう、いちいち説明しなくちゃいけないの?」

と応戦した。
その後、義母が、娘のために夕飯の支度をしていたところ、ヘルパーさんが寄ってきて

「いい匂いですね、何が出来るのかな?」

と聞いた。
義母は、何を作ろうが勝手だろうと癇に障ったらしく、ついに、

「黙って静かに座っててください!」

と一喝した。
その後、ヘルパーさんは、契約時間の終わりまでほぼ無言でいたそうだ。

ことは、ALSへの無理解と、痰吸引の不安だけではない。
後半の話、これはもう半分は相性の問題でもある。

ヘルパーさんには、平日の他、土曜日にも入ってもらう予定にしていた。僕が食料品の買物に出かける間の留守をみてもらうためだ。しかし義母が、

「土曜日も私が来るから、ヘルパーさんは断って!」

というので、今日の予定もキャンセルしたのだが、

「健康体操行きたいから、やっぱり今日は行かないから」

昨日、キャンセルを決めたあとでそう言われた。義母に華麗な手の平返しをされたのが、今回の話しのオチと言えばオチだ。

向かうところ味方なしの心境である。