最近、職場にいるとき、昔の妻を思い出す。

スマホに収めてある古い写真を見返し、想い出に浸る。写真を見ているうちに病気なんて大したことないさ、帰ったら妻にうんと優しくしてあげようと思う。

しかし帰宅すると、苦しそうな妻が待っていて、着換えをする間もなく痰吸引をしなければならない。

吸引中、妻はゼイゼイとあえぐ。
見開く眼。

痩せこけてしまった顔にカッと見開いた眼は、昔の写真とは似ても似つかない。吸引のせいで呼吸が乱れ、次第に顔も唇も青く色が失せる。ゼイゼイと苦しむ妻を見て、これが現実なんだと思い知らされる。

カテーテルを喉に差し込んでいるので、僕は手が塞がっている。妻の口元から、信じられない量の涎が流れ出るが、手が塞がっていて拭くことも出来ない。

顎の下にタオルをあてがい、膝の上にもタオルを広げるが、吸引の苦しさで身悶えするので、涎は飛び散って、とても受けとめきれない。

吸っても吸っても取れない痰。

妻は苦しみで反射的にカテーテルをかみ潰してしまう。潰れると吸引できないので、僕は頻繁に、

「噛まないで!噛まないでったら!」

叫びながらカテーテルを差し込んで騒々しく吸引する。優しくなんてしている暇がない。

夜、なかなか寝付けず、チャイムで頻繁に僕を呼びつける妻。午前1時、この時間になっても眠れない。

幸せになれると思って、5年前に購入した中古マンション。入居してすぐに、取り柄の広いベランダで、妻と娘と三人でシャボン玉をした。

道を挟んで向かいに、公園の森があって、その梢までシャボン玉が飛んでいった。

足が弱くなった妻は、そのベランダにすら出るのが難しくなった。この4月に、半分身体を持ち上げるようにしてベランダに連れ出して一緒に写真を取ったが、今も同じことができるか自信がない。

明日、出勤したら、そんな写真を見て、さらにもっと昔の写真を見て、気を取り直すのだと思う。そんなことをここしばらく繰り返している。

夜中は気が滅入る。ようやく妻も寝たようだ。
早く眠ろう。

追記
2時20分、またチャイムで起こされた。
夕べ最後のチャイムは、2時55分だった。