精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献) -62ページ目

精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神疾患を患いながらも必死に文章を発掘しています。
よろしければ病気を持った患者の思考を拝見してください。

自分らしさ Y.O
 自分らしい文章とは、自分らしさを頭で分かるよりも、手が勝手に文章を構築していく事だと思います。何も考えないで、私が出来る事と行ったら、レイアウト位でしょうか。
 このような経験は2002年のネットショップ『大川りんご園』から始まります。
 障害として、悪さをするわけでもなく、普通の人の一歩先を行って、りんごを売っていました。
 私が、思うに50%ぐらいの文章の構築は、一瞬で精神障害が私の頭に教え込みます。残りの50%は自分の更正でしょうか。
 時間的に私の更正能力は、精神障害のひらめきより1割も満たないと思います。
 このひらめきを職業に生かすのか否かは、世間から求められる場合と、障害がしたい仕事の一致だと思います。
 『大川りんご園』は13年続きました。
 自分がして、最も楽しかった仕事でした。後の仕事は1年8カ月あまりで辞めています。

   では、障害者雇用とは何か。

 『障害がしたい事』と『自分がしたい事』、そしてそれらを企業と世間が求めているかの問題だと思います。
 皆さん、就労についてはつらいとか、人間関係がつらいとかいろいろあると思います。
 それらを分かりつつ、とび抜けた才能(障害)と共に仕事が出来れば、『受容』という個人の受け止め方ですが、『天職』に恵まれる方は数少ないです。
 仕事を競争ではなく、仕事を生きがいに、障害を持った私達は難しいです。
でも、『自分のしたい事を一番最後』にし、『障害が安定して出来る事を最優先させ』、障害と共に仕事をすることが、『天職』だと思います。
『障害』を消すことではなく『受容』出来れば、障害も仕事をしてくれるため、二人分以上の仕事が出来ます。
『大川りんご園』の成功は、私ではなく、『障害』を『受容』した事を、世間が認めてくれた結果だと思います。そうでなければ、世間の人はりんごを買ってくれなかったでしょう。
同くネットショップ『にじのいろ』では、障害が少し緊張気味に、仕事をしていました。
私もどうしていいか分かりませんでした。『障害』が力を発揮できなかったのです。
『大川りんご園』と『にじのいろ』異なる所は何でしょう。
 簡単に言えば、職場と自営の違いです。
 多分私は、企業で働く事は出来ないでしょう。自営業者の支援なり、下請けなり、自宅で出来るSOHO等ではないでしょうか。

 早く来い来い『天職』さん、
 あなた(天職)に気付くため何年待てばいいの?
 君(受容)はあなた(天職)に会いたい。
私(Y.O)も君(受容)とあなた(天職)と仕事がしたい。
 
 世間は一歩おくれている、天職は皆を幸せに導く。
 受容は障害をまじめにさせる。
 あと少し、私が生きているうちに幸せな職業があるように。