病気とは『何』で『何のためにあり』、『何のために苦しめる』のか、『完治する病気』で あれば、『なぜ苦しめるのか。』
私は人間として生きていて、『病気と言う勉強』をさせてもらっていると思います。
例えば『お腹が痛い』=『食べ過ぎ』または『健康的な食物を食べていない」。
『風邪をひく』=『予防をしっかりしていない人的ミス』
『虫歯が出来る』=『予防をしっかりしていない人的ミス』
何の病気でも、『予防』、『配慮』不足だと感じています。すなわち病気にならなくてもいい
状態でも日々の怠慢から来る『病気』がほとんどだと思います。
家の『母親』は『ガン』で亡くなりました。母は、健康面で非常に努力をしていても『ガン』
という大病を患ったのでした。
また、私の家族は母以外『病気』について無頓着であり、病にはきっとかからないだろうと楽観的でした。
そういう環境での私は『病気』=『完治するもの』と、勝手に自己解釈をするような人間でした。
家族皆が健康だったというのが当たり前でした。しかし、『祖父』=『ガン』、
『祖母』=『パーキンソン病』、『母』=『ガン』、『私』=『統合失調症』にかかり、『悩み』『悲しみ』を受けました。
何れにしろ『完治』しない病気です。
病気に対して『悩み』『苦しみ』『悲しみ』をあるがままに受け止める『受容』という言葉を『精神障害者』になって初めて聞きました。
先の文集で『自分の病気』が回復傾向にあると書きました。
私の『病気』は『悩み』『苦しみ』『悲しみ』を越えつつあります。
今度からは他の人の『悩み』『苦しみ』『悲しみ』を感じ取り、自分と他人隔たりなく共有し、『一喜一憂』できればいいなと勝手ながら思います。