良い事をする | 精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神障害者(統合失調症患者)の大川裕樹による文集(文章:文学:文献)

精神疾患を患いながらも必死に文章を発掘しています。
よろしければ病気を持った患者の思考を拝見してください。

良い事をする Y.O
 良い事をする。
  簡単な様で、難しくもあり。
  難しそうで、簡単です。
  難しく考えていたら、良い事をしようと思うだけで、実際に良い事は出来ません。
  簡単に考えていたら、安易すぎて、実際良い事をしたと実感が持てません。
  
   それでは、どうしたらいいのかという問題です。
 私は、こう考えます。
    1. 尊敬に当たる人物の真似をする。
    2. 心が、善意で満たされたときに、行動を通して、相手に善意をささげる。
    3. 怒ったり、面倒くさがったりする事をしているなら、その状態を危険であると察知する。
    4. 相手の方の目を見て話をして、相手のして欲しい、困っている事のお手伝いをする。
    5. 自分と相手が、在る行動をして繋がったのならば、本当の良い事をしたと幸福感を持つ。
 等々などが良い事だとおもいます。
 しかし、これが、
簡単な様で、難しくもあり。
  難しそうで、簡単な事なのです。
 皆さん自分の生活で精いっぱいで、他の人を思えない。  しかし、3・11の様な出来事が起きると、人類は結束します。
 つまり、普段『ボーとしていても』非常事態が、本能的に人間の良き行動を促します。
 ただ平和すぎるかもしれません。ある方は平和ボケと言っています。
 私は、日々の裁判沙汰になる問題は、この平和ボケゆえに、人の心に悪の気持ちが発生し、人間を悪い方向に促すと思います。
マイナス思考、足の引っ張り合い、奪い合い、詐欺等は、3・11のような事態が起きれば、緊急事態と脳が判断して、犠牲、譲り合い、助け合いをする善人に変化します。

  私の霊感、第二の自分、普段出てこない自分、善良なる自分は、
  善人たる人々を見て、多くの涙を流すのです。
  本当の良い事とは、普通の良い事を凌駕するのです。
  日々の良い事は、努力しなければできません。
  でも、非日常の良い事は、多分ですけれども、自分を犠牲にしてでも出来るのです。
 人間の面白いところは、普段の日は複雑で、
 非常時は、単純化されるという事です。(誰でも善人になる為に。)
 

普段だまされることも、良きとしよう。
   あの震災を体験した人たちだから、
        また非常事態があれば、善人は復活するんだ。

  自分の不幸は、本当の不幸では無いや。
  ただの甘え。修行不足を見透かされているだけなのさ。
 
精神障害は、自分を惑わすだけの悪夢にすぎないのさ。