昨日、朝からどんより曇り空。
予定通り、お墓掃除とお墓参りにお出かけ。
年末は道路が混むし、高齢の親戚が増えたので、早めにお墓掃除をするようにしている。
途中から雨が降ってきたけどね。
帰り、結婚してしばらく住んでいた処の近くを通った。
いつも娘と利用していたバス停を見て、色々と思い出し、涙ぐんでしまった。
娘を妊娠して3ヶ月くらいの頃、切迫流産で5週間の自宅安静。
妊娠5ヶ月の終わりに、仕事中に7分おきの陣痛が来て、そのまま入院。
医師から「今の状態のまま生まれたら、赤ちゃんの命はあきらめてください。」と説明された。
その後、3ヶ月、寝たきりの入院生活。
やっと生まれた娘は鎖骨骨折。
私は出産退職して、専業主婦になり娘を育てた。
ちょうどバブルがはじけて、世の中が変わりつつある頃だった。
子育ては辛かった。
社会から切り離された失望感で、心のバランスがおかしかった、と今は思える。
娘の子育てに「厳しすぎる」と異を唱える人もいた。
昨日、懐かしいバス停を見て、一つの出来事を思い出した。
うちから乗れるバス停は3ヶ所あった。
いつも一番近いバス停を利用していた。
でも時間により、少し遠いバス停で降りることもあった。
ある日、終点のバスの集配センターで降りようとした。
バスの運転手さんが、私たちのことを覚えてくれていたのか声をかけてくれた。
「いつも〇〇のバス停を利用してますよね。
これから随分歩かないといけないよね。
バスがいっぱいで今は入れないから少し走りますね。」
と言って、集配センターに入らず、遠回りして下してくれた。
娘を抱いた私が少しでも歩かなくていいように・・・。
本当にありがたかった。
私はその時のことを思い出し、主人にその時のことを話をした。
涙があふれそうになった。
娘を連れて、九州の実家に帰省した時は、近くにいた女性が
娘をおんぶしようと悪戦苦闘してるのを見かねて、おぶうのを手伝ってくれた。
娘が歩けるようになって、実家に帰省する時の新幹線の中で
飽きた娘を少し歩かせて気を紛らわせようと一緒に歩いている主人に
「お疲れ様」と言って、飴を渡してくれた人もいた。
三年前、娘の国家試験前日、主人と私が二人ともインフルエンザに罹患してしまった。
事情を説明すると、医師が自費でインフルエンザ治療薬を処方し、直ちに娘を隔離するよう指示してくれた。
試験会場近くのホテルに予定より早くチェックインできるよう連絡し、娘を送り出した。
娘は、インフルエンザにかかることもなく、無事受験し二つの国家試験に合格することができた。
今、娘は一人暮らしをしながら、お仕事を頑張っている。
色々な人に助けていただいた。
ありがたいと思っている。
今日は、娘の誕生日。
彼とお出かけしてるらしい。
私は、自分へのご褒美に花を飾ることにした
懐かしい場所を通り、色々なことを思い出し、感無量になった。


