娘が高熱で夜勤を休むと連絡してきたのは、3月28日。
奇しくも私の誕生日だった。
私は、娘に自分が勤務する病院を受診するよう勧めた。
娘は、自分の勤務する病院は患者が多く待ち時間が長いから嫌だと言った。
近くのクリニックを受診したがインフルエンザ(ー)で風邪薬処方。
それから39℃を超える熱が続いた。
30日に日付が変わって1時過ぎに39,3℃と連絡があった。
娘は自分が勤務する救急外来に連絡したが、「来ても長い時間待たせるから日中受診した方がいい。」と言われたとのこと。
その日の午前中に再度、クリニック受診したがインフルエンザ(ー)抗生剤を処方された。
午後になり、39,6℃になり、娘は私の職場に泣き声で電話してきた。
上司に事情を話しをして、早退させていただき娘の処へ駆けつけた。
娘が救急外来に連絡したが、「来ても熱源の精査できない。」とけんもほろろの対応で受診することはできなかった。
インフルエンザが-であるということで、単なる風邪だと勝手に決めつけられたようだった。
職場の主任が心配して電話してくれ、救急外来に連絡しても受診できず途方に暮れている状態だったので、翌日の救急外来に受診できるよう手はずを整えてくれた。
31日、救急外来を受診。
インフルエンザ(ー)
炎症反応のCRPが9,1.(正常値は0,3未満)
右の肺が白くなっており、「肺炎」と診断。
一週間の出勤停止の診断書が出され、抗生剤が2種類処方された。
4月5日に受診するよう指示があった。
入院させて欲しかったが、医師に「一人暮らしなんです。」と訴えてもスルーされ、自宅安静になった。
私も風邪気味で体調不良だったので、飲料や手軽に食べられるものを買い置きして土曜日の夜、帰宅。
それからも、毎日、39℃を超え、解熱剤を服用しても下がり切れない。
4日の早朝、娘から「来て欲しい。」と連絡があった。
私は救急外来に連絡し、「今、救急外来を受診するつもりはないが、5日に受診の指示をされている。高熱が続き、具合が悪いので一日前でも受診していいか判断を仰ぎたい。」と伝えた。
救急外来に来て欲しくないという気持ちが現れるような言い方で、薬が効いてくるはずだからと医師が言っていると言う。
日中の受診は勝手にすれば・・・というような対応だった。
もう、救急外来で診察してくれた医師しか頼れないと思った。
その時にもう、入院も諦めた。
4日の朝、私は勤務先に連絡してお休みをいただき、娘のマンションに駆けつけた。
娘は、憔悴しきって、咳こみがひどかった。
食事も摂れていない。
4日も午後39,1℃、夜40℃。
尋常ではない身体の熱さ。
咳こみがひどい。
職場に5日のお休みも希望すると上司は、6日も休むように進言してくれ、その言葉に甘えることにした。
5日、タクシーで病院まで移動。
採血とレントゲン検査を終え、中待合室で待機していると31日に診察してくれた医師が手招きして、診察室に呼んでくれた。
レントゲンを見るだけで変化がわかった。
医師は、肺炎が悪化している、と告げ即入院することを伝えた。
炎症反応のCRPは10,98.
重症である。
肺は、31日よりも広範囲に真っ白。
医師は、「王道の抗生剤が効いていると思った、何の連絡もないからよくなっていると思った。」と言う。
私は、今までの救急外来の対応により、受診できなかったことを伝えた。
医師は、驚き、看護部に抗議すると言ってくれた。
娘は、それから処置室に移動し、検査や処置を受けた。
心電図、CT検査、血液培養、痰培養、マイコプラズマ検査・・・。
私が処置室前の椅子で待っていると、3月までお世話になった看護師長と4月からお世話になるICUの看護師長が代わる代わる挨拶にお見えになった。
今までの経緯を伝えると共感してくださった。
それだけで涙が出た。
大部屋と個室の希望を聞かれたが、咳こみがひどいので個室がいいと思った。
娘は個室は差額部屋で一日30000円(税込み32400円)かかると言う。
私は、「お母さんが出すから大丈夫。」と言うとそのやり取りを聞いていた看護師長が看護部長に掛け合い、無料にしてくれることになった。
一通りの処置を終え、10階の病室に案内された。
時計を見ると14時。
しばらくすると看護部長がお見えになった。
悪化しての入院に対応が遅かったことを謝罪してくださった。
看護部長は、何故最初の受診で入院にならなかったのか疑問に思っていたと。
何の連絡もないので、よくなっていると誰もが思っていた様子。
救急外来で3回、受診につながることができなかったことを伝えると驚愕していた。
年度末で看護師長の交代、娘の異動などが重なり、看護師長からの連絡が全くされていなかったことも対応が遅れた原因のひとつと考えられていた。
全ての連携がうまくいかず、それぞれの思い込みなどで、病状の悪化を招いたケースである。
私は、5日の受診でも入院はできないだろうと諦めていたこと、入院できなければ自宅に連れて帰り友人の開業医にお願いして大学病院へ入院させていただけるようにと考えていたことを看護部長に話した。
看護部長は、職員である娘に対してのフォローができなかったことを反省すると言ってくださった。
私も娘も少し気持ちが楽になった。
私は、娘と軽食を摂り、娘のマンションに戻り、入院の支度を整えた。
洗濯、掃除、片付け・・・。
冷蔵庫の物を処分し、自宅に持ち帰るものをバッグに入れた。
モノが散乱している部屋で苦労して色々準備した。
大荷物を抱え、よろよろしながら娘の病室に戻った。
娘は、安心したのか表情がよくなっていた。
相変わらず、高熱は続いているが・・・。
夕方、抗生剤が点滴されたが、身体に発疹が出現し、薬疹と思われ、即中止になった。
肺炎がひどすぎるのか、抗生剤が効かない?
夕飯は、完食した模様。
面会時間を過ぎ、私は、病院を後にした。
娘と一緒の布団で寝たせいか腰を痛めてしまった。
4日、駅に向かう途中自転車の前輪がパンク。
駅の駐輪場に着くと、細かい雨が降っていた。
腰は痛い、パンクしている自転車を押して、小雨の降る中、とぼとぼうちに帰った。
疲れた・・・・。
怒涛の1週間。
娘が一日も早く回復して欲しい、ただそれだけ。

