最初スケジュールをみたとき、体育館?って思った。
いつもの姫隊定例演舞の城前広場のある場所にある建物だってことは知ってたけど
その中で演舞ってイメージがわきませんでした。
いろいろな団体が披露されましたが、姫隊のことしか書きません。すみません。
演舞メモ
・姫は江さまとまつさまの2名。
・姫の江さまはかま、まつさま夏着物のかつぎ腰。
・スケジュールでは、よくわからないけど9:54~と書いてあった。結局10:00頃~演舞。
・入場曲はちょびっと、すぐ口上曲。
・『愛、知りそめしころ』のソロはまつさまの短と刀。
・あいらぶあいちはフルサイズ。
以上。
お写真
撮影環境微妙…
なんだか粉っぽくなってしまいました。
体育館の舞台の上でした。
口上。
以下、記憶だけで書いてみます。。。
江さま。
戦国一数奇な運命を辿った浅井三姉妹は
茶々、お初と、この江じゃ。
その浅井三姉妹の母上こそ、お市さま。(母上…)←(ちょっと自信ない行…)
母上がお亡くなりになったあとは知多の佐治一成さまと結婚。
でもすぐ離婚。
次にすぐ、豊臣秀吉さまの甥の豊臣秀勝さまと結婚。でも秀勝さますぐ病死。
そしてついに、徳川家康さまの跡継ぎ、秀忠さまと結婚し
三代将軍、徳川家光の母となったぁ。
どんな状況でも秩序を持って尽くすのが礼のこころじゃ。
『礼』に生きた姫、江にございまする!
何があろうとも明日はくるんじゃ。
清く
正しく
真っ直ぐに
ご~ご~じゃ~
まつさま。
加賀百万石の祖でもある、前田利家さまを支えたのがこのわたくし。
いとこの利家さまに数えの12歳で嫁ぐと、11人の子宝に恵まれ
その数なんと、戦国一。
そんなわたくしはおねさまとは大の仲良し。お隣同士でようお喋りしとったんじゃ。
秀吉さまとも仲良し、秀吉さまのお母様とも仲良し。
そんなお二人には…わたくしの娘をひとり…
養女に差し出しましたー。
でも徳川家康さまの時代になると、お家を守るため
江戸で14年間、ぁ人質暮らしをまっとういたしました。
内助の功の代名詞、学問や武芸に秀でた、
『智』のこころ、『智』の姫
まつにござります!
おとこは美しくあれ、
おなごはたくましくあれ
ぁがんばりまつ。
ガチでカンニングしてません。うーん…細かく違ってるよな…
(違うぜ!って突っ込んでくださってかまいませんw)
こうなったら…この日いなかったけど
おねさま。
戦国時代には珍しい、恋愛結婚。
親の反対を押し切り、14歳で嫁いだのは
織田信長さまが家臣、木下藤吉郎さま。
そう、のちの天下人、豊臣秀吉さま。
城を空けがちな殿の代わりに政治を行い、お姑さまとは大の仲良し。
政治力も発言力も兼ね備えたものだから、秀吉さまとの夫婦げんかも…
どえりゃ~激しかったでねぇ!
おとこには負けんでねぇ、サルにも負けんでねぇ!
明るい未来はおんなが、、、創るんだでねぇ。
情に厚く、誠実なのが『信』のこころ
『信』に生きた姫、北政所こと、おねじゃ。
おねは英語でO、N、E。すなわちONE、いっちば~ん!
おんりぃ~わぁんヌ。
以上、口上でした(;´▽`A``
自己満足この上ありませんw
戻ります。
『愛、知りそめしころ』
マイクを置かれました。
ソロ。
きめ
このあと…再度名乗られまして
400年前から~とありまして
絆プロジェクトについてお話。
『あいらぶあいち』
全身C
本日の城。犬山城…(●´ω`●)ゞ
寄っちゃった…。。
以上…
載せすぎ&書きすぎたな…(^_^;)
あ…この日の前日の、うぴボーのうぴBornについては…
あとから聴きましたが、メール送れなかったのでレポはなし、です。
この日のレポはまだまだ続きます。
まつさまのツィートに気づかず、人力車に乗られた姿を見られず悔しいですorz
では、さらばじゃ~
みそ