「ひっさしぶりー。けほっ」
センターに呼ばれて、ゆっくり左手をあげた女性。ゆるっと巻いた前髪を作らないボブを風に優しく揺らす。口もとにはマスクをしているが、目尻は優しく下がり、微笑んでいる事がわかる。
女性の名前は大和田日那。今年度のラッパッパ四天王の1人である。
「ひさしぶりーって出てきて大丈夫なのかよ!」
「ボロボロの部長さんに言われたくないでーす」
日那は笑いながら言う。センター同様、日那の登場に驚いていたネズミも思わず苦笑を漏らした。
「懐かしいっすね。あんたも転入初日、同じ事やりましたもんね」
「ほんと懐かしいね。なんであの頃はあんなにとげとげしてたんだろね。けほっ」
日那は笑いながら倒れる十夢のそばに寄って、その手を自らの肩にかけた。
「お、おい日那、無理すんな!私が連れてく!」
センターが十夢を背負おうとする日那を止めようとする。日那はセンターの手を引くと、流れる様に足を払ってセンターを床に転がした。
「っつあ!なにすんだよ!」
「確かめてみるがいい。私の病が拳をも蝕んでいるかを……なんつって。部長さんのその体じゃ無理でしょ。ネズミちゃんも平気そうにしてるけど結構食らっちゃってるし」
日那は十夢をゆっくり背負い、部室の出口へと歩き出す。
「ヨガ!起きてるんでしょ!もう1人の子運ぶの手伝って!」
階段で倒れている黒髪ロングの女に日那が声をかけると、ヨガと呼ばれた女はひょいと立ち上がって「承知しました」と言い、部室に入り、倒れているのユウカを背負い部室を出て行った。
「ヨガってば本当に忠誠心に欠けるよね。階段の守りを適当にやるなんて。けほっ」
「あいつは私たちよりも守りたい奴がいるんだ。それはそれでいいことだろ。今後のマジ女のためにはよ」
「そう考えればそうね。まあ、あの塩辛い子にその気があればの話だけどね」
センターと意味有りげな会話を交わして、日那は階段へ続く廊下へ出た。
センターは大きく息を吐いて、部長専用の椅子へどすっとかける。ネズミはその肘掛に腰を下ろし、日那が去っていった出口を見つめて言う。
「面白くなりそうっすね」
「ああ」
センターは遠い目をして思案している。
「それにしてもあいつ、どっかで見たことある気がするんだ」
「知り合いなんすか?」
「いや、初めて見た顔なんだ。だけどあの喧嘩はどっかで見たことあるんだ」
センターは頭の中に思い描く。十夢の拳、体捌き。そして、喧嘩の最中とは思えないほど高揚した表情。センターは視線を上げる。向かい側の壁に飾られた、ある人物の大きな写真。
ガタン!
センターが立ち上がる。驚いて体を震わせるネズミ。センターはその大きな瞳を落ちんばかりに見開いて、声を震わせて言った。
「大島、優子だ」
ーーー校庭
「敵に情けをかけるなど、言語道断。どけ向井地美音。その雑魚は私が始末してやる」
ミオンの拳が生んだ突風がやんだ校庭。ミオンの後方からナナがOLの方へ歩みながらそう発した。ナナは本気でOLを殺る気だ。ミオンはOLを背負うようにしてナナの方へ向き直って身構えるが、かさんだダメージのせいか、膝が小刻みに揺れている。
「向井地、うちの事はほっとってよか!あんたがここでやられたら、誰があいつば倒すとね!」
OLはそう言いながらミオンの前に出ようとする。が、それを遮るようにミオンが手を伸ばした。
「大丈夫。私には友達がいるから」
「な……」
何を言っているんだ。そう言おうとしたOLは思いとどまった。目の前に銀色の文字で書かれた数字が現れたからだ。ナナの前に立ちはだかったのは、背中に53と刺繍された黒いライダースジャケットを羽織った女。コミだ。
「常務ー、ここはひとつ穏便にお願いしますよー」
「常務?誰のことだ」
戯けて言ったコミにナナは眉間に皺を寄せて返す。
「あんたの事に決まってる。大和田と言ったら常務だろ。jk(常考)」
「訳のわからない事を。そこを……どけ!!」
ナナがコミの喉を目掛けて、左手の手刀を突くように放つ。ナナは目の前の邪魔者を楽に片付けたつもりだった。だが、放たれた手刀はいとも簡単に受け止められた。
「OLちゃんを殺りたいなら、私を倒してからにしてよ。もちろん、無傷で済むとは思わないでねっ?」
ギリギリと腕を強く掴む音と、コミの明るい声が混ざって狂気を感じさせる。ナナは眉間の皺を一層深くして、掴まれた腕を振りほどいて、コミと距離をとる。
「なぜその女を守る必要がある?お前の主君に卑劣極まりないことをしたその女の肩を持つ必要がどこにあるというのだ!」
訴えるように手を広げて、激しく怒り叫び問うナナ。コミはニコッと笑いながら答える。
「みーおんがOLちゃんを守りたがってる。それだけで理由は十分でしょ」
そう言ってコミがミオンを見ると、ミオンは傷だらけの顔で笑ってみせた。その様を見たナナは憤怒に表情を歪ませ、拳を握りしめ、コミの方へ歩み寄る。コミはぐるっと首を回して、迎え撃つと言うように両手を構えた。
「友情とかダチだとか、そんなものは幻想だ。その戯言を言う口を……一生利けなくしてやる!!」
ドッ!
「また消えた!」
観衆の1人が叫ぶ。観衆の視界、ナナが次に現れたのはコミの目の前。右の手刀を振り抜こうとしたその時、ピンク色の残像を残しながら、何かが2人の間に割って入った。
「ブ、ブリッツ……?」
「野暮なことしてごめんねー♡でも部長さんが止めて来いって言うからー♡」
現れたのはラッパッパ四天王ブリッツ。
その右手にはナナの手刀。そしてその左手にはコミの右足首が掴まれていた。コミは反撃を繰り出していたのだ。2人の力は全くの互角。そしてブリッツはその攻撃を同時に止めた。結果的にミオンを含めた観衆達は、ラッパッパ四天王の力を思い知ることになった。
「とむちゃーん!ほら、止めたよー♡?」
ブリッツがそのままの体制で四階の部室に向かって言う。名前を呼ばれた十夢は窓の淵に立って腕を組んでいる。肩に掛けた長ランがばさっと揺れる。十夢が後ろを向く。
「部長、頼む」
呼ばれた部長が窓際まで出てくる。
「あぁ。殲伐争戦挙、決勝は明後日の放課後に執り行う。それまでは校内、一切の喧嘩を禁じる。以上だ」
部長が奥へ戻り、下からは見えなくなる。
「だーってさ。喧嘩はだめよー♡」
ブリッツは掴んでいた掌を緩めた。コミは軽く会釈してミオンの元へ駆け寄る。
ナナはグッとブリッツを睨みつけて、踵を返し校舎へと歩き出す。
「大和田さん!」
ミオンがナナを呼ぶ。ナナは振り返らず歩き続ける。
「また明後日ね!!」
別れの挨拶を言ったミオンはやはり笑顔だった。
