俳句雑誌編集顧問の某日・・・

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俳句雑誌編集顧問の某日・・・
今日は一日降り込められてしまった。

 それでも、6月号の特集の資料を探しに、俳句文学館に行った。

 新大久保駅から歩くと少し遠いので、高田馬場から遠回りになるが、新宿乗換で大久保駅経由にした。

 雨がけっこう降っていたので、濡れる距離を短くしたかったのだ。

 今朝、大道寺将司全句集『棺一基』がアマゾンから届いた。

 実は、高田馬場芳林堂で立ち読みしていたのだが、NHKで辺見庸が取り上げた翌日になくなってしまったので、やむなく、アマゾンに申し込んだ。注文は受け付けてくれたが、今までかかってしまった。

 第一句集『友へ』は、愚老がかつて図書新聞に書いているので、それなりに追っかけてはいるのだ。

 出口善子「六曜」の創刊号から、大道寺将司は同人だったので、誌を恵まれるたびに眼は通していたという程度だが、読んではいた。

 もちろん、第一句集からの着実に俳句としての表現は練りこまれてきているという印象だった。

 三菱重工業爆破事件、パルチザン伝説、確定死刑囚であり、どうしても特別視してしまいそうだが、  

 俳句作品は俳句作品として淡淡と読んできたつもり。

 何気ない作品をあげておこう。

    病室に歩数を重ね去年今年        将司

    新玉の年や原発捨てきらず

    "ありがと"と亡き母に女児辛夷咲く

    気紛れにマスク外してしまひけり

    草萌や死の告知めく病舎入り

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昼休みによく行っていた蕎麦屋がなくなったので、新たな蕎麦屋を探していたら、

 和服の女性が座っている古書店の100円コーナーで「牧神」2号(1975年5月刊)という雑誌を懐かしくなって買ったら、加藤郁乎氏の童話「トラ」が載っていた。

 さらに『自選 坂村真民詩集』も100円で・・・

 改めて、「念ずれば花ひらく」をパラパラとめくり、「わたしは墓のなかにはいない」という詩行にぶち当った。
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  わたしは墓のなかにはいない。

  わたしはいつもわたしの詩集のなかにいる

  だからわたしに会いたいなら

  わたしの詩集をひらいておくれ

  

  わたしは墓を建てるつもりで

  詩集を残しておくから

  どうか幾冊かの本を

  わたしと思うてくれ

  

  妻よ 三人の子よ

  法要もいらぬ

  墓まいりもいらぬ

  わたしは墓の下にはいないんだ


  虫が鳴いていたら

  それがわたしかも知れぬ

  鳥が呼んでいたら

  それがわたしかも知れぬ

  魚が泳いでいたら

  それがわたしかも知れぬ

  花が咲いていたら

  それがわたしかも知れぬ

  蝶が舞うていたら

  それがわたしかも知れぬ


  わたしはいたるところに

  いろいろな姿をして

  とびまわっているのだ

  墓のなかなどに

  じつとしてはいないことを知つておくれ


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今日の編集部は、5月ゴールデンウイークの余波で、来週末に大山場を迎えるので、早くも編集長・林は会社で徹夜・・・

愚老は、もちろん寄る年波には勝てないので、早々と退社・・(許されよ)。
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今日の編集部は、6月号の特集「現代俳句のフロンティアたち」(仮題)のために、林編集長とスタッフ松本は、夏石番矢氏のお宅にインタビューに出かけた。夏石氏が中心になって運営をしている世界俳句協会のことについて色々おうかがいする予定になっている。

 下の写真は22~3年前の青年・夏石氏である。たまたま愚生が撮ったものだと思う(笈底から出てきた)。まだ世界俳句協会の活動をする前のことである。たぶん、第四句集『神々のフーガ』を刊行された頃だ。懐かしい限りだ。

   月光を堪え忍ぶ山ここへ来い       番矢  『神々のフーガ』

   月光に震えてうるのは橋だけか

   君がためうしろの海をたち割らん

   海の飛沫がときには見せる母の骨        『人体オペラ』

   光の阿呆に呑まれてしまえ両拳

その後の氏の活躍については、6月号をお楽しみにしていただきたい。


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