雨の降り方が異常に激しい梅雨入りとなった土曜日の夜、『こんなに濡れてしまってごめんなさい』とダンボールを差し出したクロネコのお姉さん。



届いたチャンピオンカレーを夕食にしながら、日中の『明日からの北陸旅行(白山比咩神社)は、大雨予報でキャンセルしました』と、金沢つながりが面白いと思ってニンマリ。



翌6月23日の雨上がりの夜明けは、ほんの小さな雲の切れ目がドンドン拡がっていき、



思わず『アマカケル(天翔ける)〜ッそれが私だ〜ッ✨』と叫びたくなったのは......、




感動的な幕切れ!スーパー歌舞伎ヤマトタケルを金沢つながりの龍神ファンが鑑賞した記事を読んでいたからなのか?



5時過ぎの10分ほどの大自然のショーの幕切れに白龍が空を舞うように見えたからなのかも?

  ⇨ ヤマトタケルが死後、白鳥になって飛んで行った場所へ案内しなさい!なのか?



午後から傘をさしレインシューズで向かったのは、映画ベアテの贈りもの&講演会ベアテさんの功績についてを開催するイコーラム。




会場には朝ドラ虎に翼の主題歌が流れていて東大阪市長の挨拶&川柳の表彰式から始まったのは、


誰もが、どれも選べる社会に令和6年度内閣府が募集した男女共同参画週間のキャッチフレーズ)』とした記念事業の一つだからでした。


日本国憲法(1946年11月3日公布)に、法の下の平等(第14条)&家庭生活における両性の平等(第24条)を草案したのがベアテ・シロタ・ゴードンさんというウクライナ人女性でビックラポン。




戦前からベアテさんが日本に住んでいたのは、ロシア人の父がリストの再来と言われたピアニストのレオ・シロタで、ハルビンでの演奏会を聴いた山田耕作の強い招聘で日本でピアノを教えていたから。


映画の中でも父がストラビンスキーのペトルーシュカという難曲の練習を10ケ月のベアテさんが箪笥の引出しに入れられて聴いていて、そのレコードが残存していた東方地方を訪れるシーンや教え子たちのインタビューもありました。



性別にとらわれることなく、自由に平等に選択するために、基本となる憲法第24条についてベアテさんの功績を学べるようになったのは、


女性の地位向上を図ろうと闘う日本女性たち(市川房枝、赤松良子ほか)が、日本社会の扉を一つづつ開けてきたからで、その過程が理解できるドキュメンタリー映画&講演会でした。


当選確率が 2/3らしい抽選会が2回あり、なぜか?見知らぬお婆ちゃんが外れたオジさんに『見せてあげるよ』と破いた包装紙の中にはウクライナ🇺🇦の2色タオル。


ありがとう、帰ったらヒマワリの種を蒔かなくっちゃネ!』と返事したものの、オジさんも心の中にヒマワリを育てなくっちゃ!という気持ちが芽生えました。


  笑・笑・笑・笑・笑・笑・