独女の独り言

独女の独り言

頑張っている様に見せて頑張ってないよ。

ここには日々の出来事を書いてゆく。

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ガスタ家は父と母と姉1人、私の4人家族である。


田舎住みだが、泊まりがけで家族旅行というものに縁が無かった。時間もお金も無い家だったのだ。そんな我が子を不憫に思ったのか母方の親戚の旅行に便乗してキャンプや遊園地に連れて行ってもらったりしたが、家族で都会に行き始めたのは両親が老い、地元の病院から大きな病院へ紹介状が出て、私の車に乗せて通い出した頃だからもう姉も私もいい歳になっていた。


田舎なので近隣の海や山へは良く連れて行ってもらった。夏には家の横にある空き地にテントを張り、夜は従姉妹たちなんかも泊まりに来てそこで眠っていた。日帰りもしくは家の横でお手軽な特別感を楽しんでいたのである。


私はというと、生来乗り物に乗って景色を見るのが大好きだったのだが、自分の車という最高の相棒を手に入れてからは初めて買った車は5年も経たない内に走行距離12万キロを超えるという走り屋になってしまった。ちなみに毎日通う職場へは車で5分の所にある。今でこそそんな走り方は出来ないが、仕事が終わって夜にドライブし、深夜に帰って来てそのまま朝に仕事に行っていたりした。父に出発した時間と着いた時間を報告するとすぐさま平均速度を計算されてよく怒られたものだ。男友達が乗っていても、運転席に座るのは私。何度も言うけど若い頃ね。


そんなだから、両親の都会への病院通いに私の車で行くのは全く苦では無かった。不謹慎ながら、遅くにしてようやく出来た家族旅行みたいだと私は楽しんでいた。短気で怒りやすい父も、免許を返上して私の車に乗る様になってからは「いつもすまない」と謝る事が増えた。「私はその為にいる」「年寄りは甘えな」とわざと言うと父も母もこっそり涙ぐんでいたのが分かったけど知らんぷりした。


そんな両親が他界し、気晴らしに連れて出かけてたドライブも無くなってしまったが、運転するのは今だに好きである。親友の月イチの病院通いを私の車で行くのが今の私にとって最高のメンタルケア(往復くだらない話で笑いまくる為)になっている。


会社から出張を言い渡され、前回と同様マイカーで行かせてくれると思っていたら今回から「公共交通機関を使え」とお達しが来た。男性社員は車オッケーのまま。私はこの出張先へ何度も車で行っている。理由は「危ないから」。100%危なくない、と言えないので泣く泣く今、公共交通機関に乗って揺られている。車で行けば○時間で着いたのに…と恨み節を言ってもしょうがない。


通路を挟んで隣の席では、旅行中と見られる大きなリュックを持ったママと男の子が、窓を流れる景色を一生懸命撮っていた。何処から来て何処へ帰るのだろう。どれだけの数の人生が今、一緒に揺られているのだろう。そんな思いを馳せるのもたまには良いかもしれない。たまには。