新しく防衛大臣に就任した小野寺氏に稲田氏を出せと民進党のセンセが声高にわめいていましたが仮に稲田氏が出てきたにしても弁明する内容が変わるわけじゃなし朝日新聞も野党と同じレベルで政府の対応を批判していました。興味深かったのは7月29日の日経新聞はトップに「北朝鮮 弾道 ミサイル発射」という見出しは他社と一緒でした。しかし同じ一面に「統治欠く 日本の守り」とあって日本の防衛についての問題定義がなされていました。安倍政権を潰さんばかりの、

 

朝日新聞は火中の稲田氏の批判と抱き合わせで安倍首相の任命責任を追及する文言だけが取り上げられて日本の安全のアの字も触れていませんでした。私は日経新聞も目を通していますが、一貫して報道屋らしく淡々と事実関係をバランスよく報道に徹しています。つまり読者に報道という判断材料を提供するという視点であり、一方の朝日新聞は、自分たちの主張というか偏向気味の記事を垂れ流して読者に不安を煽るという過去、慰安婦問題で虚報を指摘され謝罪した当時の、

 

謙虚さが段々影を潜めて来た感がしてなりません。しかも、不安を煽るだけ煽って対応策などには言及していないところが気になります。具体的に言えば北朝鮮が、アメリカ本土にミサイルを撃ち込むことが現実味を帯びてきてトランプ大統領が「アメリカファースト」に防衛の拠点を移転していく現実味も帯びて参りました。これは日本自体が自国を守るという当たり前のことを突き付けられていることを朝日新聞だけでなく、民進党や党名に疑問を抱かせる共産党など日本の安

 

全確保について口をつぐんでいます。これこそが日本にとって一番大きな問題ではないでしょうか。余談ですが自衛隊
の日報問題で「戦闘」っていう文言を現地で命をかけて奮闘している自衛隊のみなさんが見た通りの日報を隠そうとした稲田氏をはじめ本省の偉いさんも情けないですが、重箱の隅を突く野党やマスコミもセコイ根性を引きずった与野党の醜い争いはいい加減にして「日本の安全」について真剣に低減して欲しいものですな。

  朝日新聞の読み方は政治面は、ほどほどにスポーツなど

  はそのまま報道を鵜呑みにしてもいいと思いま~す。             

        バランスを心掛ける出前屋 ぐっさんハイ

ひと口に11年の歳月が流れたと言ってしまえば、ああ、そうかということになってしまいますが”自分ひとりで、みんなが楽しむガーデンをつくる”という思いでスタートした最初の3年間は地獄だったと述懐されていました。そりゃ、そうでしょうよ。4300坪という広大な山林。まったく造園など縁のない素人が、たったひとりで切り拓こうと考えただけでも私のような小者には「不可」という文字が、ちらついてとても

 

じゃありませんが、そんな偉業は1坪たりともすすまなかったと断言します。庭園つくりの第一歩は木の伐採から。専門の業者の作業の後は、切り株を取り除いたり草を刈るなど、すべてひとりで作業しました。雨の日も晴れの日も気の遠くなるような作業を一工程ずつ粘り強く積み重ねて、、その支えになったのは各地のガーデンを巡ってアイディアを蓄えて
いた「自分が描いた夢の庭園つくり」を実現するという執念

 

だったといいます。それを心の中で念じながら地道な作業が続きました。そうして平成24年に2000坪のガーデンが出来上がりました。そんな実りの季節を迎えた平成28年に体調が変調をきたし診断の結果、膀胱がんが発覚、10時間の手術を経て生還。その後も抗がん剤の点滴を受けながら造園の整備などに明け暮れる日々だそうです。ゲスな私は”庭園を無料で開放して収入はどうしているんですか?”と愚問を口にしま

 

したら”それがね、ぐっさん、神さまがちゃんと見てくださっていたんですよ。70年前の水路の中継ジョイントが私の買った山林用地のなかにあって、昨年の熊本、大分の大地震の影響もあって1000坪の土地を行政が買い取ってくれて、現在は地下10mの水路のためボーリング工事が急ピッチです
すんでいるんです。それがあなた、山林では二束三文の値打ちしかなたっかのですが、自分で言うのもなんですが平地に

 

しておいたものですから宅地扱いになったんです。それで残りの土地も宅地にして分譲しようと思っています”と不動産屋の親父のような顔になっていました。それにしても、こつこつと自分ひとりで頑張って、唯一の収入源になるはずの入園料も取らずに頑固一徹で頑張った手嶋さんへのご褒美を神さまが与えてくださったんですねえ。とにかく努力もせずに口先ばっかりが、まかり通る世相のなかでスカッとした清涼感一杯のお話でした。

 手嶋ガーデンには中国高速道路の小月インターから車で

  10分足らずの至近距離で「手嶋ガーデン」で検索してい

  ただければびっくりするほどいろんな情報が検索されま

  す。それほど地元では有名なガーデンです、私は滅多にお

  すすめすることはありませんが一度、変人いえ偉人の手嶋

  さんと立ち話をするのも一興かと存じます。

         近くには見どころ一杯の景観がみなさんを

       お待ちしているそうです。 ぐっさんハイ

       

滅多なことでは固有名詞は出前本舗では出しませんが今回は名前を出したくなるほど素晴らしい庭園を紹介いたします。そのガーデンをつくられた方は私と同じエッチ会社の北九州の販売会社に勤めていた方で私が北九州まで出かけていたときに部隊は違いましたが同じグループの仲間として存じ上げていた御仁です。その後、私は東南アジアで行商の旅に出て約40年ぶりの再会したというわけなんです。再会のきっかけ

 

となったのは昨年ケアハウスに入居された上官に1冊の本と書状が送られてきて、その内容をご覧になった上官どのが”俺は年だから君が代わりにどんなガーデンなのか見て来て欲しい”ということから今回その素敵な庭園を探訪することになりその探訪記を、みなさんにもお届けさせていただくことになりました。で、私が固有名詞を口にしてまで紹介したくなったガーデンは彼が一念発起して立ち上げた庭園なんです

 

が、帰郷した手嶋氏は過密社会で疲れた心身を癒すべく生まれそだった土地を買い取って、こじんまりした庭園をつくろうとしたそうです。その故郷といのは高杉晋作をはじめ明治維新の立役者が眠る歴史の宝庫でもり、そんな故郷にひとが来てくれることも視野に入れたガーデンを自分だけで山林を切り拓いてつくろうと一念発起。それには上官の”誰でも真
似ができないようなガーデンをつくれ”という励ましが、

 

きっかけだったと明かしてくれました。4300坪の山林を買い取ったものの、さすがに山林伐採は自分だけではやれないと業者に頼んで開墾したそうです。平地になったところで自分だけでコツコツ整備した庭園は11年の年月を経て2012年に約2000坪のガーデンが完成。その後、訪れたひとは10年間で通算1万人。話を聞いたマスコミが現地を訪れて取材、報道したおかげで全国からの訪問客が、引きも切らず、超多忙ななか

 

フルアテンドの歓待を受けました。喧噪の博多から高速道路でわずか1時間半で野生の鹿も出没する自然豊かなガーデンをはじめ冒頭申し上げました、高杉晋作が天下をひっくり返した「奇兵隊」の発祥の地をはじめ晋作と行動を共にした志士たちが眠る墓地もあって古式豊かな明治維新の聖地巡りへ
とタイムスリップした不思議な感覚を体験することになりました。

  「手嶋ガーデン」の近くには高杉晋作の「奇兵隊」など

   近代日本の発祥の地と旨い地元料理も待っているヨカ

   ところで~す。           ぐっさんハイ