佐藤愛子著「九十歳 何がめでたい」の中に”長生きする
って大変なことねえ、私の娘はこの頃しみじみ、つくずく
と感じているという。私の日々のありようが次々に起こる
故障を見ていていうのである。私も地声が大きくて元気者
と勘違いされることがあります。佐藤先生の嘆きに迫って
見たいと思います。「なぜか私は声が大きい。そのうえ、
よくしゃべる。そのため他人は私を元気なばあさんだと思
い込む。90を過ぎて何が困るといって、これが一番困る
のだ。仕事(つまり原稿とか講演など)を依頼されてもそ
んな余力はない。散々働いてきたのだ。身体の方々にガタ
がきているんですというのだが、なかなか信じてもらえな
いというのも声が大きいと気がついてなるべく弱々しく、
応答するとこにしているのだが、それでも、しつこくいい
募る人がいて、ああいえば、こういう、こういえば、ああ
と、攻防戦を繰り広げるうちに段々地声が出て来て、つい
には凛々たる大声になり”お元気じゃないですか、普通の
人より声に力があります”と言われて、あっと気がつく。
慌てて小声にしても時すでに遅し。”声の大きいのが病気
でして”そういって繕っても信じてもらえないのである。
96歳の私の師匠が”この年になると毎年、鎧を纏う
ように体が重くなくなる”とぼやいてありますが私も
厚手のコートを纏うようになりました。ぐっさんハイ