私には自覚症状は全くなかったのですが脈拍が1分間に34
、5しかないというんです。夜間測定器をつけてみました
が30そこそこでした。これでは治療中に身体(心臓)が
持たないということで心臓外科でペースメーカーを着装す
る手術を受けることになりました。S先生は型破りの患者
を冷静によく診てあると感心しました。救急治療室(IC
U)に収容され状態を観察され2週間で血液内科の病棟に
移され腫瘍の治療が再開されました。心拍数は60で標準
泊数になり気のせいか、化学療法も楽になりました。化学
療法の最終回、私は”最強の抗がん剤を使ってください。
納得のいく形で終わりたい”と懇願しました。先生は”目
一杯治療しています。これ以上は無理です”と言われまし
た。で、苦闘日記の最初のようにS先生から”やれること
は全てやりました。あとはホスピスを紹介するしかりませ
ん”と乾いた声で言われその後、劇的な話が舞い込み今日
に至ったという次第です。ご覧頂いたようにS先生も一生
懸命ベストを尽くして頂きました。そのうえ沢山の患者(
候補者)の中から、おいぼれを推挙して頂いたことが韓国
姓の名医とめぐり逢い、また皆さんに報告させて頂く喜び
を噛みしめています。
お世話を受けなかった看護士さんが涙ぐみながら
突然、病室に現れ”Oさんの生きようと懸命に行
動される姿に感動しました。ほかの患者さんもそ
うあって欲しいと思いました”と言って深々と頭
をさげて去って行きました(寿退職の方でした)
ぐっさんハイ