5年ぶりにパンダが誕生したと上野界隈では盛り上がっているなか、日中の間は波高しの状態が続いています。今日は日中国交のシンボルととして「パンダを抱いた男」という色気のない話です。パンダという珍獣を発見したのは中国人でなくフランス人で時は1869年。そのパンダが日中国交の架け橋として来日した。正に国賓扱い、いわば中国の国宝を譲り受けることになった訳で、その任にあたった岡崎明さんが今
日の主人公なんです。岡崎さんはパンダのことは全く知らなかった。そこでパンダを飼育しているロンドンの動物園に飛んだ。だが、そこに居たパンダは死んでいた。死因は過度なストレスだったという。カメラのフラッシュなどがパンダの大敵だったことがわかった。そこでパンダを日本に空輸するため北京空港に赴いた。そこに北京動物園から連れてこられたパンダと対面。驚いたことに園長が抱いて来たパンダをそ
のまま抱いて思わぬ出会いとなった。さて、羽田空港に着いてからが大問題だった。そのまえに北京動物園のアドバイスもあって輸送するときは光りが入らないような特製の箱にして押し寄せるマスコミからパンダを守ったのである。事情を知らないマスコミから”開けろ!”と怒鳴られ険悪な空気になった。通関でもトラブルが発生。書類に大熊猫という中国語にするかどうかモメた。結局、英語でバンダと表示するこ
とで決着。この珍獣は竹が主食のため全国各地から取り寄せて注意深く食べっぷりを観察して栃木県の孟宗竹を指定するという念のいれよう。早く公開をという声が起こる中、バンダが落ち着き馴れるまで飼育員はもとよりバンダの移送に関わったひとたちはバンダがウンコをしたというだけで歓声をあげたという。さて公開当日は園まえに泊まり込んだひと並びに全国から押し寄せた客で大混雑。バンダのまえに到達し
たとたん場内整理員に追い立てられたという。ご対面の時間はたったの40秒たったそうな。北京動物園の園長曰く、国交交渉の成り行きを見ながら日本に嫁ぐカップルの選定は7ヶ月前から慎重を極め特に性別のチェックには神経を使ったという。園長は美男美女を選んだと笑顔で語っていた。バンダは国際社会との架け橋になっており多大な貢献をし、先たちの腹の太さ大きさがみてとれる。
ですが昨今は年に億単位のレンタル料を召しあげられた
うえに、カップルの愛の結晶が産まれるや中国に送還さ
れ、ひとのものも、てめえのものというお国柄そのもの
の「バンダ外交」じゃありませんか。
ああ、あたしもパンダになりたい! ぐっさんハイ