昭和という激動の時代に活躍された著名人が段々旅立ってあります。私も愛した「ストリップ」も昭和の全盛期には全国で300軒あったストリップ劇場が現在では20軒ほど。あたしゃ冥土のストリップファンに近況を伝えるため絶滅危惧種の人情味溢れた劇場巡りをやろうと思っています。さてストリップが日本に誕生して70年になると称してあまり聞いたことのない江戸川大学の偉いセンセが「ストリップ&東洋興業70周

 

年特別企画 裸と笑いの殿堂 フランス座を語る会」なるイベントが浅草は東洋館で行われたとありました。司会役も買って出た大学のセンセは”ストリップの発祥は昭和22年1月、終戦直後。新宿の帝国座で、裸の女性が身動きもせず
額縁のなかで立っている”額縁ショー”がはじまりです”と語りだすと場内では腕を組んで頷く紳士が一杯だったという。正確には第1回の公演では踊り子がブラジャーを取らず

 

2月に行われた第2回目の公演ではじめて胸を露わに。このときから歴史がはじまったという。”今年はそれから70年、さらに浅草フランス座やロック座など経営していた東洋興業も70周年記念にあたるので今回のイベントを計画しました”とはセンセの弁。フランス座といえばストリップの合間にコントや軽演劇が行われ、若かりし頃の渥美 清やビートたけしらが腕を磨いたことでも知られている。さらにセンセは”イ

 

ベント当日は青空球児やビートきよしらが出演して昔話で場内を沸かせ当時、人気絶頂がった初代・一条さゆり、桐かおると並んで日本三大ストリッパーといわれた浅草駒太夫が登場したという。その駒太夫が花魁ショーを披露したときには目頭を押さえる老紳士もあったといいます。いやあ、いいですなあ。昭和って。あたしも駆けつけたかったですな。で、一条さゆりというストリッパーは男気じゃなかった女気が強

 

いレディで脱ぎっぷりや見せっぷりがよかったことで人気があったんですよね。裕ちゃんなどのスターが亡くなって倒産の瀬戸際になった日活が復活を賭けて世に問うたロマンポルノにも出演して過激な演技で十手持ちに睨まれてもめげずに御開帳にチャレンジし続けた一条さゆり。それにしても大学のセンセがどうして「ストリップ」に情熱を注ぐのか聞き忘れました。

 いやあ博多でも熱心なファンが一杯いましたよ。会場に

 は”バンザイ”がこだまして”もうちょっとOO!”と

 次の言葉をはばかるような声ががって場内は熱気と殺気?

 に包まれた大人の世界がムンムンでした。    

      昭和のなごり保存会 博多支部 ぐっさんハイ