ATMから現金を引き出す事件が後を絶ちませんが、こないだ、メシを
食ってカード払いにしたら”クレジットから頂きます、カードで大丈夫で
すか?”といいますからムッとして”払らうのはカードじゃなくて俺だよ、
メシ代ぐらいあるよ”といいましたら、怪訝な顔をされました。同輩の方
なら、いわずともお分かりと思いますが日本語の乱れというか過激な
変化ぶりには驚かされます。過日、ひさしぶりにOB会に顔を出しまし
た、まだ現役として頑張っている後輩が”部下を誘ったら断られたんで
す。我々が若い頃は上官から誘われたら断るなんてできなかった。.で
も今は彼女とのデートが優先しますよ、まあ時代ですからそれは仕方
がないとして断り方が訳がわからない。”今晩一杯やるか?”って誘っ
たら”大丈夫です”っていうんです。こっちは大丈夫っていうから大丈
夫だろうと思って、一緒に出ようとしたら”用事があって行けません”
というんです。一体、何が大丈夫なんだと頭に来たと真っ赤な顔をしな
がら、まくし立てていました。若い衆に聞くと”今日はムリ”とかいって、
きっぱり断ると相手を傷つけてしまうような気がする。でも”大丈夫”だ
と優しい感じがするんです。コンビニで買い物をする女性に”レシート
要りますか”と聞かれたら”大丈夫です”といって断るそうです。”要り
ません”だとキツイ感じがして。わざわざ聞いてくれてありがとうみたい
な気持ちを込めて”大丈夫”といいますと解説していました。最近の辞
書には、どう書いてあるのかみてみたら「相手の勧誘などを遠回しに
拒否する俗語。そんな気遣いはなくても問題はないの意から主に
若者が使う」と記述してあったそうな。例文として”おひとつ如何?”。
”いえ大丈夫です”を挙げているとありました。こんな背景は、かって
憧れの対象であった「一匹オオカミ」は今や「ぼっち」と呼ばれ蔑みの
対象になっているらしい。価値観の多様化によって、かって社会に存
在していた確固たるモノサシの権威は失われ若者は自己確認や自己
決定のためのモノサシを自分を取り巻く他者に委ねざるをえなくなった
さらに04年ごろからコミニュケーション能力という言葉が就活とも関連
して新聞にも頻出するようになった。コミュ力の影響といえる。ひととの
つながりの豊かさが、そのひとの価値を測る基準ともなり、若者は「ぼ
っち」を恐れて人間関係により敏感にならざるをえなくなったと解説す
るえらいセンセもありますな。パクりながら訳がわからなくなってきま
したがヤング諸君。銭を貯めて世界のモノサシ探しをやってみたらどう
だろう。この爺は無手勝流で飛び出して行きましたが物凄いドラマや人
物と遭遇して腰が抜けるほど驚いたことがありました。諸君にも鳥肌が
立つような体験をしたら如何。
”つぎの日曜出勤は大丈夫だろう?”。と訊かれた青年は”
お母さんに聞いてから返事します”。これ実際の話だそうな
一匹オオカミ保存会 博多支部 ぐっさんハイ