NHKのEテレ「SWITCH インタビュー達人 達」で100回記念
として医師・日野原重明氏(104)と美術家・篠田桃紅氏(103)
による“オーバー100歳対談”が放映されていました。100歳を超
え、今も日本最高齢の現役医師として活躍する日野原氏と独創的な「墨の
抽象画」で世界的な評価を確立し、現在も創作活動を続ける篠田氏。10
0歳を超えてもなお第一線で活躍する者同士となると異例のケース対談で
は、日々、目標を立てて生きる日野原氏と”予定も目標も一切立てない、
その日暮らし”という篠田氏の両極端な生き方を貫く2人の日常にも迫る
もの。それぞれの人生で得た人生訓や哲学を語り合うほか、日々の生活に
密着し長寿の秘訣を公開。お二人は日野原先生の奥様が書を篠田先生に習
っていた縁で知り合い、結婚式にも出席されて以来のお付き合いです。
では対談の模様をお伝えしましょう。【人生の転機について】篠田:運命
って神様が何かやってるのかなと思う。先生がハイジャックに遭ったとき
これは神様が試しているのかと思ったわ。(よど号事件~赤軍派が北朝鮮
への亡命を要求して、よど号に4日間人質を立てこもりソウルで解放した
日野原先生も巻き込まれました。当時58歳)日野原:助かった時、私の
命はこれからは誰かに奉げるためにあると思った。生かされてることへの
感謝です。篠田:私は人に何かをしてもらったら感謝はするけど天地万物
の目に見えない何かに感謝することはあまりないです。あるがままにやっ
ている。日野原:表現は違うけど共通するものがある。篠田:ないですよ
月とすっぽんですよ。先生は万人の指標。長く生きて沢山の病人を治して
あげる方です。【何歳まで生きたい?】日野原:『10年手帳』に10年
先(111歳)の予定まで書いてあるから、死ぬわけにいかないの(笑い)
篠田:(驚きながら)10年先まで決まってるの?あきれた…。先生は,
永遠に生きる方だ。人間の寿命はまだ延びますか?日野原:延びます。使
命があることを自覚して毎日生きてると、それが生きがいになってくる。
篠田:私は日記は一切書きません。本当にその日暮らしなんです。よく言
えば自由、悪く言えば自堕落(笑い)。日野原:自分に厳しいんですよ。
二人とも生きがいがありますね。こうしてテレビに映る機会があるから生
きてる姿をみんなに見せたい。篠田:仏教では縁というけどキリスト教で
は何て言いますか?日野原:絆ですね。【長生きの秘訣は?】篠田:秘訣
なんてないですよ。普通にやってる。日野原:3つのVがあって、ビジョ
ンを持つ・ベンチャ-=冒険。それとビクトリ-=勝利が与えられる。篠
田:私も1つ2つは教えられることもあるけど、本筋は自分で生み出して
る。先輩たちはみんな自分で考えて作ってきたんだから言うことを聞いて
るだけじゃなくて、自分で生み出さないことにしています。日野原先生は
98歳から俳句をはじめ。99歳から週1回の筋トレとストレッチ、10
0歳からフェイスブックで日々の活動をアップしています。104歳おば
けでなくて本物だよ(笑い)、”私には余生などないよ、いまでもこれか
らぞ、って思ってます”。先生は「生活習慣病」という言葉を初めて使い
ました。また80年代から緩和ケアを始め、日本初のホスピスを設立しま
した。【ホスピスでの出来事は?】日野原:最初の患者の1人が16歳の
少女でした。”私はもう死にそうで母に会う機会がないと思うけど母には
とても世話になったので私の代わりに先生からお礼を言って欲しい”と言
われました。その時私は”頑張りなさい”と言って叱咤激励するうちに、
彼女は亡くなってしまいました。このことがいつも頭にあって、どうして
彼女の手を握り締めて処置するよりも心をサポ-トすることができなかっ
たのかと本当に心の痛手になってます。これまでに看取ってきた患者さん
は4000人を超えるそうです。先生のこの時の想いが、きっと今も仕事
を続ける原動力になっているのでしょう。いやぁ手に汗握る巨大魚シーラ
カンス同士?の対談は迫力がありましたよ、なんたって周囲に流されない
確固たる強固な意志を感じました。参りました。
一生勉強 一生青春 相田みつお
代読 小便小僧 ぐっさんハイ
として医師・日野原重明氏(104)と美術家・篠田桃紅氏(103)
による“オーバー100歳対談”が放映されていました。100歳を超
え、今も日本最高齢の現役医師として活躍する日野原氏と独創的な「墨の
抽象画」で世界的な評価を確立し、現在も創作活動を続ける篠田氏。10
0歳を超えてもなお第一線で活躍する者同士となると異例のケース対談で
は、日々、目標を立てて生きる日野原氏と”予定も目標も一切立てない、
その日暮らし”という篠田氏の両極端な生き方を貫く2人の日常にも迫る
もの。それぞれの人生で得た人生訓や哲学を語り合うほか、日々の生活に
密着し長寿の秘訣を公開。お二人は日野原先生の奥様が書を篠田先生に習
っていた縁で知り合い、結婚式にも出席されて以来のお付き合いです。
では対談の模様をお伝えしましょう。【人生の転機について】篠田:運命
って神様が何かやってるのかなと思う。先生がハイジャックに遭ったとき
これは神様が試しているのかと思ったわ。(よど号事件~赤軍派が北朝鮮
への亡命を要求して、よど号に4日間人質を立てこもりソウルで解放した
日野原先生も巻き込まれました。当時58歳)日野原:助かった時、私の
命はこれからは誰かに奉げるためにあると思った。生かされてることへの
感謝です。篠田:私は人に何かをしてもらったら感謝はするけど天地万物
の目に見えない何かに感謝することはあまりないです。あるがままにやっ
ている。日野原:表現は違うけど共通するものがある。篠田:ないですよ
月とすっぽんですよ。先生は万人の指標。長く生きて沢山の病人を治して
あげる方です。【何歳まで生きたい?】日野原:『10年手帳』に10年
先(111歳)の予定まで書いてあるから、死ぬわけにいかないの(笑い)
篠田:(驚きながら)10年先まで決まってるの?あきれた…。先生は,
永遠に生きる方だ。人間の寿命はまだ延びますか?日野原:延びます。使
命があることを自覚して毎日生きてると、それが生きがいになってくる。
篠田:私は日記は一切書きません。本当にその日暮らしなんです。よく言
えば自由、悪く言えば自堕落(笑い)。日野原:自分に厳しいんですよ。
二人とも生きがいがありますね。こうしてテレビに映る機会があるから生
きてる姿をみんなに見せたい。篠田:仏教では縁というけどキリスト教で
は何て言いますか?日野原:絆ですね。【長生きの秘訣は?】篠田:秘訣
なんてないですよ。普通にやってる。日野原:3つのVがあって、ビジョ
ンを持つ・ベンチャ-=冒険。それとビクトリ-=勝利が与えられる。篠
田:私も1つ2つは教えられることもあるけど、本筋は自分で生み出して
る。先輩たちはみんな自分で考えて作ってきたんだから言うことを聞いて
るだけじゃなくて、自分で生み出さないことにしています。日野原先生は
98歳から俳句をはじめ。99歳から週1回の筋トレとストレッチ、10
0歳からフェイスブックで日々の活動をアップしています。104歳おば
けでなくて本物だよ(笑い)、”私には余生などないよ、いまでもこれか
らぞ、って思ってます”。先生は「生活習慣病」という言葉を初めて使い
ました。また80年代から緩和ケアを始め、日本初のホスピスを設立しま
した。【ホスピスでの出来事は?】日野原:最初の患者の1人が16歳の
少女でした。”私はもう死にそうで母に会う機会がないと思うけど母には
とても世話になったので私の代わりに先生からお礼を言って欲しい”と言
われました。その時私は”頑張りなさい”と言って叱咤激励するうちに、
彼女は亡くなってしまいました。このことがいつも頭にあって、どうして
彼女の手を握り締めて処置するよりも心をサポ-トすることができなかっ
たのかと本当に心の痛手になってます。これまでに看取ってきた患者さん
は4000人を超えるそうです。先生のこの時の想いが、きっと今も仕事
を続ける原動力になっているのでしょう。いやぁ手に汗握る巨大魚シーラ
カンス同士?の対談は迫力がありましたよ、なんたって周囲に流されない
確固たる強固な意志を感じました。参りました。
一生勉強 一生青春 相田みつお
代読 小便小僧 ぐっさんハイ