いろいろ私情を交えて佐々さんの語りを通訳してまいりましたが最後に
憎めなかった政治屋さんにもふれておしまいにいたしましょう。まず登
場していただくのはハマコーこと浜田幸一氏は実に面白いひとだった。
私が感心したのは防衛政務次官になったとき登庁してくると必ず門衛の
ところで車を降りて立番の自衛官に敬礼してから庁舎にはいるのが氏
の習慣だった。私が感心したのは三原防衛庁長官が殉職自衛官慰霊
式の挨拶のあと小柄な未亡人が登場した。背の高い三原長官の後だ
からマイクの位置が高すぎる。誰から直さなくてはいけないと思うのだが
咄嗟に体が動かないのが役人だ。直立不動のまま誰も動かない。つぎ
の瞬間、喪服姿でサッと近寄ってマイクを未亡人の高さまでさげて”どう
ぞ”とやったのが浜田氏だった。いざという時に体が自然に動くのはなか
なかできない。”これは凄い政治家だな”と思った。三原長官の送別会の
ときも人事教育局長が脳貧血を起こしてフラフラになった。私を含めまた
誰も動かない。倒れる!と思った瞬間、倒れ掛かる局長を抱き抱えて、
支えたのが浜田氏だった。傑作だったのは増岡陸将の突然の退任を惜
しんで歴代の防衛長官や政務次官など20数名が集まり加藤長官を呼ん
で事情を聴くことになった。早々に人事局長をして説明させます”と逃げ
口上を打つ加藤氏。命じられた局長も”あれは私の責任ではありません
陸幕長がやった人事です”と責任回避した。末席から浜田氏の怒声が、
飛んだ。”加藤長官!性根を据えて返答せい”。青ざめた加藤氏”ハマコ
ーさんがお怒りのようですが、”と口にしたとたん”おれにはハマダコウイ
チという親からもらった立派な名前がある。お前なんかにハマコーなんて
呼ばれるいわれはない!お前のメシなんか食いたくない、いくらだ、この
朝メシ、1万円もあれば足りるだろう”。1万円札をパ~ンと叩きつけ加藤
氏の鼻先で”お前こそ辞めろ!”と怒鳴りつけて出て行った。加藤氏は顔
面蒼白だった。あら浜田センセだけでおしまいになりそうですが意外な取
り合わせとなったのが共産党の上田耕一郎・不破哲三(本名上田健二郎
)とは東大時代からの論敵である。アメリカ空母「ミッドウェイ」の離着艦
訓練のため三宅島の空港を使うようにしようと計画を進めたとき当然の
ように共産党は猛反対した。しかし私が加藤防衛長官から防衛施設庁
長官を辞めさせられると上田氏が面会を申し込んできた。あなたは三宅
島の政治的な失敗として解任させられたと私たちは理解しておる。誤った
自民党の防衛政策のために、あなたのような国のために一生懸命やって
いるひとが解任されるというのは非常によろしくない”。それは私にとって
素晴らしい送別の辞だった。”ありがとうございました。ところで今日のご
用は何でしょうか”と訊ねた。”あなたに対する今の言葉を述べに来たん
です”。
佐々さんの記述では、ぼろ糞に貶された加藤センセ。あたしなら
黙ってはいませんぞ ひとのケンカを大きくする会 ぐっさんハイ