これをまとめあげ工事を進歩させるスーパーバイザー集団には日本人
を最小限度にとどめ外国人主体の混成部隊にしなければならない。日
揮はそこから外国人スーパーバイザーの確保育成に力を入れた。”思
い出深いプロジェクトは?”と問われれば”両手ではとても足りないその
中でも自分で手塩にかけた気持ちが強いもののひとつがインドネシア
の「EXOR-1」だ。”エクゾール・ワンと読むが輸出を主目的とする製油
所のことだ。実はこのプロジェクトは英国の会社が受注競争に先行して

いた。それを練りに練ったアイディアで逆転した。インドネシア製油所が
抱えた問題を解決するアイディアを提案するものエンジニアリング会社
なのだ。EXOR-1の工事が始まった。たちまち問題が発生した。地盤が
予想以上に軟弱なうえに岩盤にはパイプを何本打ち込んでも届かない
現場の沖合には白い小島があった。”あの島の砂が使えるんではない
か”と報告が入った。調べているとサンゴの死骸が砕けて砂のようにな
ってできた島だった。インドネシア政府と折衝、環境破壊にはならないと

いう承認を得て島からサンゴの砂を入れて地盤は固まった。私は営業
一筋の人間だが現場に足を運びそれを問題解決のアイディアを生む源
泉となっている。ところが工事がほぼ完成し試運転が始まってからも問
題は起きた。不純物を含む精製油で蒸留装置のトラブルが多発した。
日本から精油プロセスの専門家売り込み七転八倒の末クリアした。この
時の技術は世界の石油会社から評価され高度な精油技術をもつ会社と
して日揮の名を高める契機となった。サラリーマンなら誰でも社内に目標

とする先輩がいるものだ。私にとって最も多くのことを学んだのは三代
目の社長だった。一緒に顧客を訪問すると”篠田さんはあなたとは頭の
下げかたが違いますね”とよく皮肉をいわれた。私自身が営業の心がけ
で言い続けたのは”顧客を大切にするのは当然のことだが顧客に対して
も、しっかりモノをいうことも大事だ、営業はともすれば顧客の要望を受
け取りたくなるものだが、赤字になればなんのためのエンジニアリング
かわからない。顧客が納得するだけの知識を蓄え理論を鍛えるという

ことである。89年イラン国営石油会社のプロジェクトをイタリアの会社
と共同受注をした。イラン側は理論で様々な要求を出してくる。私はこち
らの意思を示すためテーブルを叩いて”NO!絶対に受け入れられない
!”と反論した。休憩に入るとイラン側のトップが庭に呼んだ。”閣下こ
ちらの要求をのんでくれ頼む”と言ってきた。閣下と呼ばれたのは私の
人生で最初で最後だが、おそらく私のあまりにも強硬な音をあげ半分
皮肉を込めて口にしたのだろう。テーブルに戻ると意外な展開となった
   
   絶対絶命のピンチ 毛が逆立つような厳しさ それがチエを生む
    力が湧いてくる 赤道直下の国々にも そんな環境で一杯だ 
              平和で眠りこけた国 ジパング ぐっさんハイ