昔の学校はガキどもを厳しく鍛える、だから親も安心して学校へ行かせ
るという時代でした。ところが近頃は物分りのいい親が多くなって、その
ガキを受け入れる学校も客商売らしく、そんな甘ったれ親子に迎合する
大学があるそうな。そんな風潮を大相撲をはじめ格闘技をこよなく愛し
てある内館牧子さんがこんなボヤキを雑誌に寄稿してありました。『ある
私立大学が無料で学生に提供する「0円朝食」を始めたそうだ。健全な
食生活と生活習慣を身につけさせるためで学生たちも歓迎していると、

いうがこんなことまで大学がすべきなのか疑問に思った。大学によると
朝食をきちんと取っている学生は全体の3割ほどだといい改善が必要
なことは理解できる。だからといって大学が朝食を無料で提供するとい
う方法には違和感を持ってしまう。手間暇かけてつくったものをいただく
以上、応分の対価を払うのが当然だと思う。ひとり暮らしの学生は自分
で洗濯や料理など身の回りのことをすることが自立の第一歩だろう。
朝食ぐらい自分でとるようになってほしい。また食生活の担い手になる

のはまず家庭であり学生の保護者も無料朝食をありがたがるよりも食
べることの大切さをしっかり伝えてもらいたい。この「0円朝食」とは別の
例だが呆れ果てた新聞記事を読んだ。私が呆れたのは東京の私大の
学生食堂が「ぼっち席」を導入したという話である。つまり学食でひとり、
ぼっちで気楽に食事ができるようテーブルの中央をアクリル板で仕切る
のだ。こうすると向かい側に座ったひとの姿が隠れ、目を合わせずに
すむわけである。ひと目を気にしないでゆっくり食べたいという気持ちは

よくわかる。特に女性の場合、他人に見られるのはイヤだというひとは
多いのではないか。街のファーストフード店でもカフェでも女性のひとり
客はまず、ほとんどといっていいほどスマホをいじりながら食事をしてい
る。ひとりでただ、ひたすら両手を食べることに向けている姿を見られた
くない。だがお腹はすく。その照れ隠しにスマホは格好の道具である。
スマホがない時代の女性たちは本を読みながら食べていたことを考え
ても「ぼっち席」が欲しい気持ちはわかる。しかし、しかしである。その

要望に大学が応えることについては私はまったく理解できない。現代の
大学の責務として学生に学問をつけることのほかに社会に出たときに
うまく適応できる力をつけることがあると思う。大学が意を酌んでつくっ
た「ぼっち席」で顔を見られずに、ひとりで食事に安堵する学生は社会
に出たらどうする気か。どこの会社の社員食堂に「ぼっち席」があるか
社食では上司も一緒、他課の社員も一緒だ。街の定食屋に昼時に飛
び込めば見知らぬ客と相席だ。”ボクぼっち席でないと食べられないよ
~う”。なら、明日から出社に及ばずと言われよう。
    
       

       不便さ、不自由さが人間力をつくる原動力
         不便さ、不自由さ保存会 ぐっさんハイ