”そうだ、洋楽で日本舞踊をやっているところがある”と宝塚のことを思い
ついたんですね。宝塚歌劇団創始者の小林一三先生も海外公演のとき
に”洋楽で日本舞踊を踊るところは世界で宝塚だけだから、こういう形で
日本の文化を紹介することこそ宝塚の仕事だ”とおっしゃっていてその、
言葉に感動したことも宝塚に入った動機のひとつでした。Q:宝塚とはど
うして縁ができたのですか。A:母が連れて来てくれたのがきっかけでこ
んな素敵なところはないと思って通い続け当時の雪組の春日野八千代

と乙羽信子のゴールデンコンビや久慈あさみ淡島千景、南 悠子の同期
入団トリオで売っていた月組にも憧れました。とくに淡島千景さんは私が
入団して演出家になっても、まともに顔をみることができませんでした(笑
い)。Q:それからいろいろなことがあって『ベルサイユのばら』の伝説的な
大ヒットですが、、A:まだ漫画文化をどこか下にみる時代でしたし僕自身
そういう気持ちで読み始めたら、池田理代子先生の素晴らしい世界に触
れてびっくりしました。それに本屋さんに行くと売れてしまって全然ない。

周辺の女性たちに聞いてみたら70~80%が読んでいて年齢も職業も、
幅広い。宝塚を観たことのない方も『ベルばら』なら少しは興味を持って
来てくださるかな、くらいの気持ちでした。それが社会現象とまで言われ
るほど大変な人気になったのは嬉しい驚きでした。 Q:そのことが、また
次の『風と共に去りぬ』につながるわけですね。A: あの頃は音楽の寺田
瀧雄さん、振付の喜多弘さんと毎晩のようにディスカッションしては”次は
何にしよう、どうしよう”と。誰ともなく”やっぱり『風(と共に去りぬ)』やろ”

と言うとみんな”そうだね”と言ってはいたけれどロイヤリティが高いから
無理だろうと思っていたんです。ところが当時の理事長の小林公平さん
の”あれやれますよ”のひと言で決まったんです。これらの作品がヒットし
たのは如何に役者がそこで本気でいられるかなんで舞台装置は全部本
物じゃない。Q;舞台上でその時間を本当に生きるということですね。 A:
例えば”お前を好きだ”とその瞬間は本気で言える。生まれつきそういう
風に言える感性を持っている人もいるし、たまたまそうなる人もいる。

でもそれを観た側は嘘だと思って観ていることをそのときは忘れる。それ
が虚構が成立するということでしょう。でも“好きそうに言う”ことはインチキ
だから観てても面白くない。役者は生きている。だから役者が本物になれ
ば今までで一番、綺麗な夕焼けとか、一番、美しい夜明けとかそういうイメ
ージを喚起できるわけですよ。だから役者の芝居は本当でないといけない
んです”。如何です、好きなひと、好きなことに出会うって素敵な人生だな
あって思わせる御仁がここにもいらっしゃいました。悩み多き、あなたドン
となにかにぶっつかってみたら具体的に進展するかも。
  



    ”夢の生産工場”宝塚。一瞬の華やかな世界を創造する
    スターは血のにじむ努力をしているとも。どこの世界でも
    楽をして成り立つところはないんですねえ  ぐっさんハイ