健さんといえば降旗監督というほど密度の高かった監督の作品に健さ
んは数多く出演しているんですねえ。健さんの訃報に数多くの有名人が
我先にとコメントを発していましたが私が一番、聞きたかった降旗監督
のコメントは中々、目にすることができませんでした。やっと59回を数
える映画の日の12月1日、特別功労賞を贈られた式典で監督は”先
日、大きな支えである高倉さんが亡くなって茫然自失となってしまった
が沢山の励ましの言葉をいただき自分を徐々に取り戻しております”と

あいさつをしていました。1957年東映入社。1978年東映を退社して
フリーに。健さんと同志的な出会いから高倉・降旗コンビで1999年、
『鉄道員』で日本アカデミー賞監督賞・脚本賞を受賞。高倉は「夜叉」な
ど降旗作品に出演が多いが、寡黙のため撮影現場ではほとんど声を
張り上げて指示を出さない降旗に対し、コンビを組むことの多いカメラ
マンの木村大作が大変なおしゃべりで現場を仕切るため、初めて呼ば
れる役者は木村が監督だと勘違いすることもしばしばあったとか、自身

のエッセイでユーモラスに紹介してありました。一見すると頼りないよう
にも思えるが、木村のような個性の強いカメラマンに撮影された作品で
も必ず降旗の個性の出た降旗作品に仕上がると語っていました。もっと
も東映時代には「網走番外地」「昭和残侠伝」にもコンビで制作してはい
たんですが、ふたりは次第にマンネリ化していく東映映画に疑問を持ち
始め健さんはスターの座を手放してでも自分たちが撮りたい映画づくり
をめざしていったんですね。そのへんの件の語りが残っていましたので

出前してみます。 Q:で、新網走番外地シリーズになりますけど、健さん
は当時ヤクザ映画で忙しかったと思うんですがスケジュールがなくて脚
本もないまま北海道に行って、撮影をしたって聞いたことがあるんです
けど。降旗:いや、だからね、それ以降、脚本がつまらないからご辞退
申し上げますって言えなくなっちゃったんですね。脚本がないのに撮影
に入ってるんですから。シナリオ・ライターは来てるんですけど毎晩、麻
雀ばかりやってて何もしないんでね。まあ、こっちも頼りにしないで現場

に行って大体こんなもので、話しの筋は分からないんだけどさって、アド
リブ大会でしたね(笑い)。Q:私は『駅STATION』が好きなんですけど
それぞれの役者さんが良かったですね。降旗:そうですね。みなさん、
高倉健さんもそうですけど・・倍賞千恵子さんがやった役は最初『冬の
華』の倍賞美津子さんに、これどうって持っていったんですよ。そしたら
”お姉ちゃんが出たいって言ってるからお姉ちゃんにして”って話しにな
って。お姉ちゃんが脚本読んで”私これで賞を取るから、どうしても代わ

って”って言ってるからって。それじゃあって倍賞千恵子さんにお願いし
たんです。Q:それから、一連の『居酒屋兆治』とか『夜叉』、『あ・うん』と
続くんですけど、ご自分がやりたかった企画ができたという感じなんでし
ょうか。降旗:そうですね。『駅STATION』以降は、東宝で三本やったん
ですけど、東宝は何でも持ってきてください、やりますよって話しだったん
ですけど、まあ、高倉健をのせるのに時間がかかって十年間で四本で
すか・・Q:健さんはやはり難しいですか。降旗:いや、まあ引っ張り出す
までは。引っ張り出しちゃえば、あとはあれなんですけど・・
  


  トークの中に健さんと降旗監督との友情あふれた情感が
  目に浮かんでまいりました。これからもジンとくる作品を
  期待しています      映画大好き人間 ぐっさんハイ