昔はアベックといっていましたが、言葉ってえやつもドンドン変化するん
ですな。もちろん社交ダンスの話なんです。もう10年ぐらいまえになりま
しょうか。当時は私もカミさんに唆されて社交ダンスに入門したころでし
た。カミさんは先輩で、てめえの教室に連れて行くのかと思いきや近くの
公民館で教えているから、ひとりで行けというのです。当時はPCにハマ
って家に閉じこもり状態を心配しての社交ダンスへの入門でした。映画
「SHAII WE DANCE」みたいに公民館の入口を行ったり来たりしていま

したら”男のくせに何ばしよっと、早う入らんね!”と無理やり引っ張り入
れられたのがウンのつきで今日まで続行しています。あら、今日は私の
話じゃなくで、あるカップルの話でしたね。いつものようにプールにはいる
まえに2階からパーティーを覗いていました。すると踊り始めてすぐやめ
てしまうカップルがあったんです。女性が相方に文句をいっています。
遠目から、なにをいっているのかはわかりません。でも踊り出すとスケー
ターみたいな軽やかなダンスなんです。”ちゃんと最後まで踊ってみせ

てよ!”と声をかけました。驚いたように私をみたふたりはにっこり笑い
ながら踊ってくれました。それを契機に言葉を掛け合うようになり、図に
乗った私は”そんな踊りじゃ、こどもの踊りみたいで面白くないよ、もっと
情熱を表に出さなきゃ”などと、てめえでやれないくせに生意気なことを
いうようになりました。もちろん技術的なことはわかりませんが、一般人
として”素敵な踊りを踊りたい”という視点からヤジを飛ばし彼らも素直
に耳を傾けてくれました。そのうち競技会に出場するほど腕をあげて、

きました。わたしゃ追っかけとして山口など地方でも罵声を張り上げる
のを楽しみに同行し、ふたりの踊りを撮影するなど追っかけぶりを遺憾
なく発揮していました。まるでマネージャーみたいな振る舞いに普段の
会場ではあのおっさんは相当な使い手だと誤解させることもありました。
ところが急に姿をみせなくなって心配していましたら突然、現れて青年
のお母さんが病気になって介護せねばならなくなったということが判明
し関西に帰ることになりました。そうしてそのアップルは素敵なダンスを

最期に14年目にして大阪に去っていきました。この世界では気の合っ
た相方を探すことが競技会で勝利するというほど相方に恵まれるのが
難しいとされて、普通の結婚では、多少の問題はあっても下宿している
ような感覚でなんとかやっていけますが、社交ダンスは技術とか相手の
呼吸を合わせることが重要で相方のせいにしてその挙句キャンセルに
なるというケースが多く、くっついたり離れたりは日常茶飯事の世界の中
で14年間も切磋琢磨したカップルの最期の素晴らしいダンスは曇って
よく見えませんでした。
  
  金の草鞋を履いてでも 素敵な相方を探し出すのが難しい
  社交ダンス 裸足ででも捕まえたあたしのカミさん((ポカっ)
  いつ棄てられるかヒヤヒヤなんでしょ)。    ぐっさんハイ