先の出前で女性三傑を匿名希望で出稿させていただきました。今日は
その特別編として土井たか子先生にご出馬していただくことにいたしま
す。先生は昭和3年、神戸市生まれ。44年に旧社会党公認で衆院初
当選連続12期務めた。61年に同党委員長に就くと「おたかさん」の愛
称で人気を上げ、平成元年の参院選で「マドンナ旋風」を巻き起こした。
社会党の躍進、自民党の過半数割れを導き、「山は動いた」の名言を
残した。5年、非自民による細川護(もり)煕(ひろ)政権が誕生し、女性
初の衆院議長に就任。8年から15年まで社民党党首を務めたが党勢
を立て直せず、17年の衆院選では自身が落選、引退した。というHPを
パクりました。いやあ眼光鋭い方でしたねえ。自民党の異端児・小泉元
首相のワンフレーズに負けず劣らず、数々の名言を残されました。嫌い
な男に口説かれそうになったとき”ダメなひとはダメ”とはっきり口にした
り株で大儲けしたときには”ヤマが当たった”と大喜びをしたり、(ちょっと
おっさんあのね出前っつうのは大勢の方がご覧になっているのよ、そん
ないい加減なことをいって笑いをとろうとしたってダメなものはダメよ)。
いきなり山が動いて、ご本人も戸惑いながら肥後のお殿さまを首相に
押し上げたり同僚の花咲爺のようなフェイスの村山氏に天下をとらせ、
女性パワーを世に知らしめました。ところが口ばっかの集団の伝統的
な分裂騒ぎによって野党転落とともに女史ご自身も、ただのひとになっ
て引退せざるを得なくなりました。興味深かったのはバッシングの最中
の朝日新聞の先生への扱いでした。今までなら、トップで護憲、反戦の
士逝くとか派手な見出しで大々的に報じるはずの紙面が「死亡4人 心
肺停止27人」という見出しの左側にフツー扱いで土井たか子さん死去
社民元党首、護憲擁護を先導と控えめにありました。さて、逝くひとが振
り向きたくなるような走り書きがございました。先生は北朝鮮とは昵懇の
間柄だったようで、なかなか拉致を認めようとしなかったという逸話が流
れています。「03年の第43回総選挙では、北朝鮮による日本人拉致
問題に対する言動をはじめとする過去の北朝鮮寄りの姿勢や朝鮮総連
との親密な関係や態度が様々な方面から大きな批判を受けた」。「男ま
さりのいい政治家だったと思う。少なくとも今の民主党の連中よりは頼り
になる人だった。マドンナ旋風ってあったね。ただ、女性というだけで持
ち上げられ社会主義という幻想が生きていた時代。今は女性というだけ
ではダメ。中身が伴わないと」。「北朝鮮の拉致問題はないって言ってた
んですよね。きちんとした釈明がなかったのが、非常に残念です」といっ
たHPもありました。なにはともあれ、私も引かれ者の小唄のひとり。
土井たか子先生のご冥福をお祈りいたします(合掌)。
金 王朝に貢物を出前に自民党の金丸センセほか 社会党の
偉いセンセも同行して日朝親善に汗を流した歴史もありました。
歴史認識を確認する会 代読 ぐっさんハイ
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