日経新聞にこんな話が掲載されていました。「口先だけの昨今の絆、家
族愛を口にする連中に捧げ銃!「師の背中」を見て弟子は育つ。だが
「背中の師」に育てられた人はそう多くはないだろう。先日亡くなった落
語家、古今亭円菊さんの師匠は昭和の名人、古今亭志ん生。円菊さん
は若いころ体が不自由になった晩年の師を背負い、寄席や銭湯へ毎日
通い世話をした。同期や後輩がどんどん売れていく。”おぶってばかり
いると落語家生命がなくなるぞ”と言われる。それでもなお、背負い続け
た。文字通り身近に接した師匠との日々は、きっと大きな糧になったこと
だろう。おぶい役を代わったのは3年後。円菊さんは斜に構えたポーズ
と独特のイントネーションで人気者になっていく。その円菊さんも晩年、
病に倒れたが師匠同様、高座への執念を見せた。闘病中、3回寄席に
出演する。噺(はなし)の同じくだりを繰り返し語ってしまっても、客席から
は大きな拍手がわいた。大好きだった「幾代餅(いくよもち)」は最後まで
見事に演じた。この時は父と同じ道を選んだ長男の菊生さんらが、つき
っきりで稽古を助けたという。告別式では弔辞で柳家小三治さんが”あ
の世で師匠をおんぶしてください”と偲び、菊生さんが”遺志を継ぎます。
いえ継ぐよう努力します”と語った。だれかを背負い、背負われ次へと
つなぐ。そんな幸せな物語を見ているような気がした。どこかへしまい込
んだビデオを探して久しぶりに円菊節を聞くとしよう」。 この話で思い浮
かべるのが、ときどき行くプールでの出来事なんです。奥さんらしきひと
が病み上がりの男性に寄り沿って水中ウォークをなさるんです。ご主人
らしきひとがイヤがって、まえに進まなくなるときがあって渋滞状態にな
りました。でもご夫婦の懸命な姿にだれも文句をいわずに黙々とトレー
ニングを続けています。明らかに交通事故に遭って水中ウォークのリ
ハビリをやっている青年の姿もあります、リハビリとはすこし違います
が自閉症の子なんかも付き添いのひとを従えて奇声を発しながら泳い
でいます。驚くのは全盲のひとがスイスイ泳いでいることです。Uターン
なんかも苦もなく折り返えします。平和なひとときの公共施設の素敵な
ひとコマでした。
社交ダンスの会場での話しなんです。妙齢のレディーが私に
近付いてきました。あたしゃ、てっきり”踊ろうか”とでもいって
くださるのかとドキドキしながら待っていました。すると目線を
下に向けながら”あなた、社会の窓が開いていますわよ”と囁
くようにいってすれ違いました。あたしゃ、慌てて点検をし直し
て会場に戻りましたが、そのレディーの姿はありませんでした。
ありがとうございました。でも残念な気がしました。ぐっさんハイ