近くの公共施設で「人生これからだ」という高齢者を鼓舞するようなタイトル
の講演会がございましたので、のぞいてみました。会場には年配の男女が仲良く雑談をしていました。定刻になり司会者が”時間がきましたので、今日
お話いただく〇〇さんを紹介します”といいましたらドアが開いて小柄な男性
が現われました。ウクレレを抱えていました。牧 伸二みたいに漫談でもやる
のかと思っていましたら、案の定「小さな橋の下で」を地声丸出しで唄ってい
ました。”此間プロの先生に習いにいったらもう教えることはない”と自慢話
かと思いきや下手過ぎて教えることはないという嘆き節でした。ま出来栄え
はフツーの出来だと思いました。そうして”ひどい歌をお聞かせしてしまいま
したが、もっとひどい話を聞いてください”という口上からスタートしました。
弁士にはふたりのお子さんがいて職業戦士に没頭するあまり、不登校児に
なってしまい奥さんに「役割分担」という名目で子育てを押し付けた報いを受
けてしまい、これではいかんと会社をやめて子育てなど悩むひとたちと一緒
に支援団体を立ち上げたと話してありました。身障者のところにも行きます
が健常者にくらべて労賃が時給120円とあまりにも安いといってありました
椿油が毛髪にもよいと聞いてその造り方を習って教えたら喜ばれ、椿の実
を集めてまわることになったら、ひとと会うのが億劫だったのが、椿の実を通
して話ができるようになったと得意げに話してありました。世の中にはまだ”
~すべきだ”という断定的でしかも精神訓話がまかり通っている。それは脳
の活性化という面では問題だ。昨今のようにケータイが多く出回ることも「考
える」とか「感じる」という感性が損なわれてしまう。脳は鍛えれば鍛えるほど
反応する、年齢には、関係ない。ヘンな話、アメリカインディアンの酋長の
脳は「総合的知性」に優れていることが研究の結果わかった。それは長年
の体験を積んだ者にしか得られないことで、ここにお集まりのみなさんにも
いえることだ。では知性を磨くということは周囲の出来事に関心を示しなが
ら自分なりの考えや感じ方を習慣付けることだ。例えばひとの話をよく聞い
てみる(といって”私はカレーが好きだ”と呟いて場内のひとに挙手させて、
次々になんといったのか復誦させ、最初のひとは”カレー、、”とだけいい、
次のひとはカレーが好き、、”と応え、最後のひとが正確に応えていました。
このように聞くひとによって受け取り方が、まちまちであるという実態が浮
き彫りに、あと”聞くひとは話すひとにたいする感情が大きく左右するという
ことも口にしてありました。最後に興味深い話として終戦直後NHKの街頭
録音に触れ、当時のひとは胸を張って語っていたという話から現代人は疲
れたように、またツカれたように急性に話し、内容も自分本位で雑だと耳の
痛い話になりました。認知症を撃退するような話でした。ああしんど。
♪ぼろは着てても 心は錦 (ブランド品を
着けても心は闇だッ) ぐっさんハイ