放射線治療が10回目を終了。週末に帰宅を許されて飛ぶような気持ちで
我が家のブザーを押しました。カミサンは帰ってきたのという表情をチラッ
とみせていつもの、またうるさくなるな、という顔になりました。なったと思い
ました。しかし食卓には私の好物がズラッと並んでいました。片っ端から平
らげていきました。押し込むだけ押し込んだらトイレが恋しくなりました。便
秘になりがちというひとは体を動かしたり、腹いっぱい食べれば便秘とは
無縁になるなと実感した瞬間です。息つく暇もなく行きつけのプールに行き
ました。

お馴染みさんとあいさつを交わし、恐る恐るプールにはいりました。すこし
体が浮き加減ですが、なんとか泳げました。25mを30回達したところで
”あんた調子に乗るんじゃないわよ”というカミサンの声が聞こえてきまし
たので、あがりました。家に帰って撮りだめのテレビを眺めていましたら眠
ってしまいました。目覚めたら、口の中、特にのどのあたりに痛みが出て
きました。まあ、なんとかなるさと思っていましたが段々進行していきます。
夕食の時間になりましたが食欲はあるのに痛みに負けて食がすすみませ

ん。カミサンは”いつものようにつくったのよ”不満顔ですが、これは3の矢
の副作用だと慰めるようにいいましたが健常者と加療者のギャップがこれ
から悩ませるシーンでした。なんとか食事をすませましたらインドネシアの
息子からの電話がありました。経緯を手短に話して”おい、ガンにだけは
なるな!”といいましたら、”誰でちゃ、なりとうてならんよ”と言い返してきま
したので”わかっとらんな、ガンだけじゃないが60、70と年をとるごとに体
内の異物や毒気が出てくるたい。俺がいいたいのは今、酒ば5杯飲み

よるとば4杯に抑える、、要するに無茶ばしよるて思うたら抑える。それが
ガンになるなていうことたい”と解説しましたら、黙って聞いていました。病
室で盛り上がるのは、如何に現役のころ無茶をしたかの自慢大会みたい
になることです。みなさん随分無茶をなさったんですねえ。来週末、どんな
症状になっているのか電話しろ、といって切りました。段々、痛みが激しく
なってきましたので、早目に休みました。寝ていても痛みで起こされてしま
います。気分転換のため薄暗い早朝、散歩しました。2キロをゆっくりと歩

いて帰宅。朝飯は痛くて仕方がありませんでしたが、食べないと死ぬと思っ
て痛みを堪えながら食べました。その様子をみていたカミサンが”病院に行
って痛み止めをもらってくる”といって家を出ました。昼食まえに錠剤を飲み
ましたが飲み物はなんとか飲めるようにはなりましたが、肝心の食べ物は
痛くて味あう余裕がありません。で、夕食は病院に帰ってからとるということ
にして、柔らかくて飲み込みやすい食事を持参することにしました。これか
ら、こんな状態が続くのかと思いましたら極楽トンボも暗澹たる気持ちにな
りました。
         未知との遭遇には ふんだんにある経験や体験
         という名の宝の山をふんだんに活用することです
         そうして自分流で突き進むことです ぐっさんハイ