検査三昧が終わって放射線と抗がん剤投与の治療がスタートしました。朝飯の
あとふたりの看護士がきて”今から抗がん剤を飲んでいただきます”といって細長い
(5cm3cm)パックにはいった錠剤を渡しながら”これが抗がん剤で放射線治療
をより効的にするお薬です”と講釈しながら”今、私たちのまえで飲んでください”
といいます。”お茶と一緒に構わない?”と訊ねましたら”できたら水がいいですが、
構いません”といいますので、お茶と一緒に服用しました。特別な味とか匂いはな
くフツーの薬と同じように2袋流し込みました。因みに薬の名前はティーエスワンと


いい1日、朝夕食事の後に服用するものです。さてメーンの放射線治療は定刻
2時を過ぎてもお呼びがなく、また奇跡的に今回も中止か延期になるのでは、と
思いながら待っていましたら、1時間遅れで呼び出され奇跡は起こりませんでした
一度目は年の暮れに「紅白」をみていましたら右肩に激痛が走って、一睡もでき
ないまま今度は右手も動かなくなって病院に駆け込んで手術の段取りまで決めた
んですがリハビリの機会を与えていただき、自己流でがむしゃらに腕を動かす運動
を連続でやって仕舞い湯にはいったり笑われながら、のたうち回りましたら奇跡的


1ヶ月足らずで動くようになって首尾よく無傷で退院。2度目はプールで水泳中
に動悸がしておぼれそうになって家に帰って横になっていましたらカミサンに叱られ
て病院に駆け込みましたら、着の身着のままの状態で即入院となり、不整と脈
拍が38と異常に少ないということからペースメーカーをいれることになり、その手術
の前日の早朝、データールームから看護士が飛んできて”不整脈がなくなりました
脈も少ないものの40台になりました”というじゃありませんか。あたしゃ急にシャバ
が恋しくなって”先生、元の体になりましたから、このまま仮免で帰してください”と


懇願しました。医者は”今度また同じような症状が起こったら命の保証はできませ
ん、ですから念のためペースメーカーをいれておきましょう”といいます。あたしゃ”念
のためはいやです。命がなくなったらそれまでです”と開き直って強引に退院しまし
た。念のために申し添えますが今の病院での診断では不整脈はあっても70年余
このペースで生きてきたんですから問題ありません。大いに水泳でもダンスでもお好
きなことはおやりなさい。いうハグしたくなるような見立てでした。で、3度目の奇
跡を願ったのですがダメでした。さて肝心の放射線治療の様子なんですが月光
仮面のようなマスクを着けさせられ放射線を当てる位置を慎重にチェックして”はい


これから治療を行います”と声がかかったかと思いましたらチョンの間で終了。時間
にしてわずか2、3分でした。放射線を浴びたあ”体力と気力を維持したいので
プールに行きたいのですがよろしいでしょう”と媚を売るような口調で訊ねましたら
”結構ですよ”と、あっさりいうじゃないですか、しゃ、またハグしたくなって”先生
のそのひと言が一番うれしかった”といいました。実は入院した最初の週末、3日
間泳いだり悪友と飯を食ったりカラオケ屋で下手な歌を唄って体力を少させる
とをやってきたんですが、とにかく病人になりたくないという心でこれからの35
走破したいと思っています。ところが機嫌よくキーを叩いたあと、とんでもないサプ
ライズが待っていました。






             さあ、近代医学療法のはじまり、はじまり  ぐっさんハイ