手術する前々日、白衣を着た男女が病室に現われました。男性がおもむ
ろに”私はお宅の手術のときに麻酔の担当をする〇〇です”と自己紹介を
しました。女性は記録係りだと名乗っていました。話の用件とは”元気な患
者に新薬の麻酔の治験に協力してほしい”とのことでした。ベッドに横たわ
っているのに元気もないものだと思いました。で、従来の麻酔よりも寝覚め
がよくてすっきりする”と女性が甘えたような声でいいました。あたしゃ、手
術まえで”さあ殺せ”みたいに力んでいましたし、どうでもいいと思いました
がカミサンが”娘婿に聞いてみますからひと晩考えさせてください”といって
いました。婿どのの話では間もなく新薬に代るはずだし、お父さんなら大丈
夫といっていたとのことでした。例によって合意書なるものにサインをして1万
円也の謝礼金の銀行振り込みの手続きをして当日を迎えました。簡易ベッド
に乗せられて手術室に向かいました。いつもは見慣れた光景が逆さにみえ
てカミサンや嫁が別のひとみたいにみえます。普段は感情を現さないカミサ
ンが私の手を強く握って手術室にはいりました。見慣れた男性が”ハイ大き
く息を吸い込んでください”とかなんとかいいながら、”今から麻酔を注入し
ます”といいましたら訳がわからなくなってしまいました。気が付いたら病室
のベッドに横たわっていました。あたしゃ、医師から顔が引きつったり手が
あがらないことがあるといわれたことを思い出して、口をへの字にしたり右
腕を動かしましたら異常がなさそうです。快々を叫びたくなりました。手術は
うまくいってあとは傷が癒えて放射線と抗がん剤の投与をうける段取りが待
っています。2日目から起き出して、歩き始めましたら主治医が飛んできて
”まだ早い、ゆっくりせにゃ”と注意されました。でも体力がアップしないと傷
の治りも遅くなると思った私は非常階段で、つたえ歩きながら歩行のトレー
ニングを開始しました。そのためか抜糸は1週間で、痛みどめのクスリも
胃にわるいと聞いたものですから痛かったのですがやめてしまいました。
カミサンが手作りのおかずを持ってきてくれましたので、みるみる一般人
になっていきました。あとは快適なホテルみたいな空間だと思っていました
ら、あるとき夜中でしたが”院内放送です、〇〇先生至急10階のナース、
センターにお越しください!”とアナウンスがありました。ナイター動物園の
ように騒がしかった病棟は水を打ったように静になりました。ああ、ここは
病院だ”という緊張感が走りました。寝そびれた私は真っ暗な面談室に行き
ましたら、ほかにも姿がありました。泣いているひともありました。翌朝、何
事もなかったかのような退屈な一日がはじまりました。若い連中は持ち込ん
だPCなどのlT製品に夢中で、年配のひとはテレビのまえで手術の実況や
退院の日取りなどの情報交換をしながら一喜一憂していました。
寝言には沢山の種類があることを実感するのが病棟です
ナイター動物園 ぐっさんハイ