入院となりますと「一喜一憂」することが当たり前というか毎日のくりかえし
となります。まず、検査入院を前提に患部の細胞を注射器で抜き取って”
検査でなく患部の摘出手術を行います”と、大したことはなかったといわれ
ることを期待した気持ちが打ち砕かれます。それでも気を取り直して”私も
検査じゃなくて悪いところは切除してほしいと思っていましたから丁度良か
った”と強がりをいいます。いざ、手術といっても簡単にはいきません。手
術に耐えるだけの体力と機能が正常かどうかのチェックの洗礼をうけます
これを突破して手術をするにしても担当医から”首の周辺は神経が集中し
ていますから最悪の場合は口がしまらなくなってヨダレが流れたり、右腕が
あがらなくなったりします”と宣告され谷底へ突き落とされる心境になります
そのうえ異常があっても文句はいえないという合意書を書くことになります。
この合意書なるものは、あとのトラブル防止のために交わされるもので命
に関わる検査や放射線の治療など人体に影響を及ぼすようなときは必ず
といっていいほど交わすことになりますからスターのように署名をするたび
に字がうまくなっていきます。というのは冗談ですがとにかく「一喜一憂」する
ことがくりかえされながら一人前の病人へとなっていきます。でも、歩き回っ
たり、昼間はできるだけ横になる誘惑に負けないようにするひともいらっしゃ
います。いつでしたかね。院内で牛乳配達屋さんが、、と思ったそのひとは
早朝、トレパン姿で病室を飛び出してありましたが頭は放射線治療をうけた
ように、ツルッ禿げ、頚部には痛々しい傷を隠すかのような大きなガーゼが
貼ってありました。あたしはそこまで徹底したことはありませんが、それでも
朝食のあと、非常階段に向かって5階から11階の最上階まで上下すること
を3回くりかえし午後もそんな調子で汗をかいていましたから一般人的な体
力と感覚を維持できたと思っています。なお、病院の階段は自殺防止のた
めか、狭くて、いざ飛び降りても骨折するぐらいの気配りがなされています。
まあ、冗談の連発で気分を害された方もあるでしょうが、谷底に突き落とさ
れたり、なにくそという気持ちと、病院食プラス自前の食い物を食して体力
をつくり、維持する工夫を怠りなくやることが時間のとまったような病院生活
が一般的な生活に変身するんじゃないでしょうか。
病院生活は「一喜一憂」と検査三昧の洗礼に
負けない工夫と努力をすることで~す ぐっさんハイ