いじめ問題で全国的に注目を浴びた大津市の中学校は過剰な警戒のもと
に始業式が行われました。繰り返しになりますが、 いじめは人間が複数で
生存する限り、残念ながら、なくなることはないというのが老兵の自論です。
いじめは神さまが我々に与えた試練だと思うのです。大半はなんとかして、
その試練をクリアするでしょう。そうしてチエや逞しさを身につけて世の中に
出ていきます。でも今回のように不幸にして悲劇に巻き込まれてしまうケー
スも出てきます。問題はそんな悲劇で自ら自分の人生の幕を閉じようとする
こどもをどう救うかです。これは大人たちが、いじめが起こることを前提に、
注意深く見守って少しでも異変を感じたときに声をかけ、手を打つ、つまり
初期の軽い、ふざけ状態で、なんらかの手段を講じる必要があります。そう
いう姿勢で、こどもたちも、なんらかの信号を大人たちに送ってくると思いま
す。大人たちの本気度をみていると思います。しかし、大津市の大人たちや
ああでもないで飯を食っているセンセ方は、”第三者委員会を設置して法律
で「こどもを守るルール化」を急ぐべきだと口角泡を飛ばしていましたが、
情けないですなあ、侘しいですなあ。国の元締めである文科省の役人も同じ
口調で叫んでいます。私が訴えたいのは、いじめが出たことを問題にするの
でなくどう解決したか、つまり減点主義から、いじめがあることを前提として、
それらにどう向き合ったか、あるいは解決したかということに評価のポイント
を置くべきではないでしょうか。そうなれば、大人どもが政治屋みたいなミエ
ミエの言い訳をせず、暴漢に襲われるようなこともないと思います。寂しいの
は個人情報とか個人の意思を優先する壁に阻まれて、警察に訴えるという
ケースが激増していることです。教育委員会や先生は、これを”仕方がない”
と思わず自分たちへの不信、怠慢だと捉えて自分たちがこどもたちを守ると
いう意識改革をしてジッコーしてもらいたいと切望します。マスコミ諸兄も”先
生が生徒を叩いた、暴言を吐いた”とイチイチ、チクらずに大きな目で教育
現場を見守ってほしいものですな。先生方には自然体でこどもたちに寄り添
って法律で縛られたり、監視されている環境で腰の引けた先生に教育を受け
たこどもたちが世に出てどんな社会人になるかを想像したらゾッとしますな。
ガキの中には親のケータイに返事をする子もいるとか、ため息が出てきま
すな。さて、いじめを克服しマラソンで名を売った方の呟きを拝見しました。
この呟きをみたこどもが人生の転機になったとも書いてありました。「「捨て
てはいけない君の人生」。私は苦しくなるとやめたくなるんです。そんなとき
あの街角まで、あの電柱まであと100メートル走ろう。そう自分に云い聞か
せながら走るんです。生涯一度も途中棄権をしなかった 君原健二」。 君
ならどんなチエをしぼって難局を突破しようとするのかな。逃げたっていいん
だよ。(昨年の9月にキーを叩いたものです)
補足:9月5日文科省はいじめ対応を国が主導。「出席停止」も適用とい
う記事がありましたが、先生とこどもたちが主役でしょ。減点主義を廃し
て先生が自然体でこどもたちを伴走する、そんな環境つくりこそ急務だと
思います いじめだ体罰だと大騒ぎして萎縮する世相 ぐっさんハイ