博多の歓楽街、中洲のすぐそばで小沢昭一の腹を抱えるような愉快なトー
クショーをのぞいたことがありますが、戦後どこにでもいたガキ大将のよう
な方でしたね。いたずら小僧がそのまま大人になって役者になって平助役
は天下一品でした。そのトークショーのときも早く丸め込んで中洲に飛んで
行きたい様子でした。テレビの『徹子の部屋』での扮装シリーズは噴飯もの
でした。映画俳優の時代は日活の裕ちゃんには随分と殴られたりイケメン
の引き立て役として出演していました。私が記憶にあったのは「楢山節考」
の勝造という水飲み百姓の次男坊か三男坊の役で、おかねおばあ(清川虹
子)にのしかかってアッという間に果ててしまう場面で、申し訳なさそうな情け
ない姿は絶品でしたな。あたしゃ、大いに共感したものでした。その後、多芸
多趣味ぶりを発揮してトークショーでも愛用のハーモニカを取り出してほっぺ
をふくらましながら奏でてありましたよ。ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的
こころ」は1万回を超えたそうです。放浪芸研究家でエッセイストとして、ミニ
コミ誌の草分け「話の特集」の元編集長が主宰する「話の特集句会」にも参
加していたともありました。フーテンの寅さんの笑いでエールを送り続けた
渥美清さんとは、その映画に露天商役で出たり、同じ句会に参加して互い
の句をほめ合ったりする仲だったそうですね。幼少のころは軍国少年として
鳴らし、敗戦となって、はかない世相に反発して本物の悪がきにもなったそ
うですよ。そういう変節が小沢昭一らしい映像をつくりあげたんでしょうが今
にも”ヨーッ!”といいながら、すこし猫背で、すこし気弱な、それでいて、強
かに、もみ手姿で再び現れるんじゃないかと期待して敢えて昭一が行くと呟
いた次第。享年83歳。合掌。
曽野綾子語録:今年も目黒のさんまがテレビに出た。有名な行事なんだろ
うが私はまだ食べにいったことがない。多分タダで振舞われるのだろう。
その中の一人が満面の笑みを浮かべながら”ええ、東北の復興の祈りを
込めて食べました”という意味のことを言った中年の女性には不思議な反
感を覚えた。最近の日本にはタダでご馳走になっておいて”復興を願って、
”などと言う人たちが現実には増えたのである。昔の人はすべて黙って立
ち向かった。戦争の災害から復興したときも庶民の段階ではいつも無言
だった。もちろん当時すでにメガホンで政府の失政やアメリカ批判を、がな
りたてる人も活躍していたのだが、ほんとうに財産すべてを戦争で失って
丸裸になった人たちと、それを助けてくれた人たちは、共に黙って時の流
れの中にあった。 介護されはじめて気付く親不孝 ぐっさんハイ