私は病気見舞いや葬儀が苦手です。どなたもそうでしょうが。私自身も入院
中に見舞っていただくのは恐縮ですし、やつれて髭が伸び放題の姿を曝す
のは正直いって嫌です。しかし、滅多に帰ってこない娘に連れられてくる孫
がたまたま帰省したときに入院が重なり”爺は病院が好きなのね”と真顔で
いわれたときは往生しました。前置きがながくなりましたが、元気なうちに旨
いものを食べながら、おしゃべりを楽しむのを旨として年長の方を訪ねる

ことにしています。普段、家であまり昔話をしてもウケない年配の方を訪ねる
と堰をきったように話が弾み過ぎると往生したくなりますが、顔がパッと明る
くなって元気に語る姿をみるとコッチもうれしくなります。そんな、ある日カミ
サンの姉と雲仙の麓の街でおしゃべりをしながら飯を食い、大衆浴場に行
きました。いやあ、賑やかでいいですな。まさに社交場そのものでした。昼
間、街中はご多分にもれずシャッター通りと化してひと通りもまばらですが、

時間帯もよかったのか平日の7時過ぎでしたが満杯でした。あまりにも多か
ったのでサウナにはいろうとしましたら、そこも満杯でした。しかし、新顔だ
と察知してか親切な御仁が”ここにどうぞ”と大きな身体を移動させてくれま
した。”どこから来たとかない”となつかしい方言で話しかけられました。”は
い博多からです”といいましたら”博多は都会じゃけん賑おうとるじゃろ”と
いいましたから”いいえ、うわべだけです島原が好いと”といいましたら満足

そうな顔をされました。後ろのほうから”先生、あんた元気かない、全然、年
とらんとん”と声がしましたら、待ってましたとばかり”うんや、年はとったとば
ない、ばってん運動ばしよっけんな”と身体には自信げな応えが返ってきま
した。”先生はもう学校ばやめて5、6年かない”と聞きましたら”うんにゃ、も
う10年たない”と応えながら”暇じゃけん、運動三昧ですたい、たまにボラン
ティアにも行きよっと”と若さを強調してありました。”そんならアッチのほうも

まだ現役ですたいね”と水を向けられ”うんにゃ、昔のごとはナカばってん週
イチはヨカよ”といいましたら場内が爆笑に包まれていました。どこの世界で
も男ってえ生き物は見栄を張るんですなあ。いえ、それは私のことで先生と
は違います。でもね、あたしゃ、奥さんに聞いてみたくなりました。風呂から、
あがりましたらテレビでは小林 旭が唄っていました。あのかん高い声で。
”♪ついて来るかい、黙ってオレに、、と唄っていました。昭和45年ごろヒッ

トした歌でしたが、今のご時世なら”ついて来るかい、黙ってオレに、、”なん
て、口説こうとしても”コブ付きじゃないの年収は?年金は加入しているか、
などと条件付きで考える”っていわれそうな歌の文句を聞きながら、おしゃべ
りの二次会場へと急ぎました。また駄文にお付き合いいただきましたが、こ
こ島原も’91年、普賢岳が爆発して長い間、苦難を強いられたところなんで
すねえ、東北のみなさんにも平凡な日々がきて、腹から笑える日が一日も
早く参りますようフト頭をよぎりました。
     なにげない会話、平凡な日々、、ありがたいことです ぐっさんハイ