椎間板ヘルニアなど満身創痍の状態で、プロ野球選手の一流プレーヤーの
証である2000本安打を小久保選手が40歳と8ヶ月で達成しました。今年、
その偉業を達成した選手は3人で日ハムの稲葉選手が4月28日にゴール
イン。ふたり目の宮本選手(ヤクルト)は5月4日に達成。日本記録3085本
の記録保持者で辛口のご意見番である張本さんは自分の記録を”恥ずかし
ながら”と謙虚な言葉を口にしながら”あっぱれ!”を発していました。栄冠を
手にした3人はいずれも人物というか人柄がいいですね。稲葉、宮本の両選

手はヤクルト時代の野村監督に仕え「ID野球」のかけがえのない選手だった
そうですが主力選手というより脇役的な用兵をした野村監督は、”まさか宮本
が2000本も打つとは”と呟いたほど目立たない選手だったそうですな。さて
今日もその目立たない脇役の裏方さんに登場していただくことにいたしまし
ょう。その方は金岡さん。仕事はチームの用具を管理するのが主な仕事。ホ
ークスのスタッフとして30年勤めた裏方さん。では早速、本人の話をお届け
しましょう。”用具の後片付けで最後まで球場におるし、たまたま気兼ねなし

に僕を使えたということじゃないかな”と謙虚、交じりの言葉に深い愛情を込
めながら”あれは小久保が新人で1年目のキャンプやったかな。全体練習
後に”ちょっといいですか”って手伝いを頼んできて、。当時はそんなことを
いう選手はおらんかったし意気に感じた。僕は大阪出身で、彼は和歌山。
おなじ関西人やし年齢は離れていたけど、ざっくばらんに話せて波長もあ
った”。夕暮れの中、ロングティーを続ける小久保とトスをあげる金岡さんの
シルエット。ふたりの長く伸びる影も見慣れた光景になった。”僕は打撃コー

チやないし、あくまでも手伝い、口を出す立場ではないが実のなる練習をし
ようという貪欲さが伝わってきた。一球一球、試行錯誤しながらフルスイング
しとった。成果は2年目の本塁打になって表れた。結果を残しても小久保の
姿勢は変わらなかった。偉ぶることもない”いいですか、いいですか”って。
手伝ってあげたいと思った。小久保にとっても厳しい競争の世界の中で心
許せる金岡さんの存在は貴重だった。此間、小久保が冗談っぽくいうてまし
たわ。”今の若い子はなんでカネさんをいつも忙しそうにしているオッサンを、

もっと使わんのかな”と。僕も手伝えるなら大歓迎と笑った”。心残りがある。
通算400号の本塁打を見逃したことだ。試合前の仕事を終えるといつもの
通り試合途中で風呂へ。”用具控え室に戻ったら小久保が駆け込んできた。
開口一番、”出たで!見てへんでしょ”って。アンダーシャツを着替えて、いっ
たんベンチ裏に下がったついででしょうが、わざわざ報告してくれたのがうれ
しかった”。如何です。大記録の影に裏方ありじゃありませんが、奥さん共々
影に日なたに選手を支えていった伴走者との秘話の一端でありました(ちょ
っと、釣った魚にエサ要らずなんて強がらないで素直に感謝しなさい!)。
      ピッチャーは一球で地獄をみる バッターは
        ひと振りで天国へ上がれる 江夏豊   代読ぐっさんハイ