テスト生からはいあがった栗山は90年、監督が野村克也に替わったことで
人生が急転する。野村は実力より人気が上回る選手を嫌った。荒木大輔、
長嶋一茂、それに池山も最初は8番スタートだった。国立大卒の知的さと甘
いマスクを兼ね備え、とりわけ女性ファンの多かった栗山もまた野村は好ま
なかった。キャンプから競われることもなく中堅のレギュラーを剥奪された、
栗山はギリギリで28人に残り巨人との開幕戦を迎えた。野村ヤクルトとし
て迎えた最初のゲームは因縁めいた展開となった。ヤクルトが2点リードの
8回、篠塚選手のファール性の打球が同点本塁打と判定され場内が騒然と
なった。そうして同点の9回裏、1死1、2塁から代打大森剛が放った打球が
左中間を襲う。その打球を8回から守備固めにはいっていた栗山がダイビン
グキャッチし、サヨナラ負けのピンチを救った。栗山は次の広島戦でようやく
先発のチャンスを掴む。初回の左前安打で出塁して先制のホームを踏み、
2打席目は右中間に適時3塁打を放った。試合後めずらしく顔を強ばらせた
”意地?今日みせなくていつみせるんだよ!”。勝利に貢献した次の試合、
スタメンからはずされた。それからシーズン終了までほとんど控えで過ごし
た。結果を出して、それでも使ってもらえないのであればこれ以上自分に
やれることはないと思った。それでも必死に足掻いたよ。だって引退をかけ
て闘っていたんだから”。シーズン終了後に栗山は野村の元に引退を決意
したことを告げにいく。そのとき野村は栗山の顔を覗くようにみてボソッとい
った”、、、おまえ、もったいないな”。だったらもっと早くいってくれよ、、栗山
は心の中でそう言い返した。部外者となってしまった栗山は反野村だった
仲間たちが野村が掲げる考える野球に惹かれていった姿をどうみていたの
であろうか。野球解説者となった栗山はプロ野球だけでなくWBCも五輪も
メジャー、高校野球も、いたるところに足を運んだ。”みてくれているひとの
中には栗山はなにをえらそうにいっているんだと思ったひともいたと思う。
それでもオレはプロの伝え手になろうと必死に勉強し考え努力した。自分の
代わりになる人間なんていくらでもいたからね。ナイター中継が激減する中、
爽やか、かつ理論派という新しいタイプの野球解説者として生き残った栗山
は、この間様々なチームから幾度となく入閣を要請されている。21年もの間
外から野球をみてきた栗山がめざす野球はどんなものか。”高校野球は3年
間で入れ替わる。でもプロ野球は同じ選手が20年レギュラーを張る。その選
手たちのバランスを考えて、どういう野球をやれば勝てる確率が高いかを考
えるのがオレの仕事だと思っている”」とあるスポーツ紙から転載し野球に興
味のない方の貴重な画面を汚してしまいましたが、人気選手の斉藤投手や、
大器といわれる中田選手と心中をするような腹の据わった采配に、野村名誉
監督との怨念をみるような気がいたします。男同士の争いも怖いヨッ!
”それ(復興支援)を目的にはできない。人の心を動かすとか勇気を与え
るとか、よくあるフレーズですけどそれが目的となったら無理。与えられる
わけがない。なるとしたら結果として、そうなるだけ。結局、受け手側がど
う感じるかの問題ですから。受け手側が何かを感じたとしたら、結果的に
そうなったと言える” (大リーグ開幕戦の東京ドームでイチローの発言)
ここにもオレ流らしい発言が、、 ぐっさんハイ
ここにもオレ流らしい発言が、、 ぐっさんハイ