菊間千乃?知れねえな、という方もあると思います。実はこのお嬢さんはチャ
ラチャラしたタレントみたいな女子アナウンサーを辞めて弁護士に転進した方
なんです。あたしゃ、彼女の波乱万丈の行状をみて”ありゃ橋下市長の再来か
”と思いましたよ。では彼女の波乱に富んだ生きざまからどうぞ。小学校時代
から早稲田大学入学とアナウンサーになることを目指していたが、現役受験
時は不合格だった。浪人の時はインフルエンザに罹って入試期間中に入院
したものの点滴を受けながら何とか合格できた。この入院時、八王子実践高
等学校女子バレーボール部監督である父親の菊間崇祠は、心配のあまり寝
込んでしまったが、楽天家の兄からは”早慶なんて目指すからだよ。どこだっ
ていいじゃん”と言われたという。95年4月、アナウンサーとしてフジテレビに
入社。「発掘あるある大事典」、「FNNスーパーニュース」(スポーツキャスター
)などの番組を担当、また、全国高等学校バレーボール選抜優勝大会(春高
バレー)、バレーボールワールドカップ、といったバレーボール中継のMCとし
ても知られた。98年9月、当時リポーターを務めていた「めざましテレビ」で、
災害時に高所から脱出する避難器具の体験リポート中にマンション5階(地
上約13m)の窓から落下、地上のマットに叩きつけられ、全治3ヶ月の重傷
を負い入院、休職した。その間”薄っぺらで白々しいコメントだな”とベッドの
うえで冷ややかに分析する自分がいた。33歳のとき、”アナウンサーからジ
ャーナリストになるため、法曹資格を取りたい”とロースクールの夜間コース
に入学した。会社員と受験生の二重生活。極度の睡眠不足の日が続いた。
さらに未成年のタレントと飲酒していたことが発覚し、無期限謹慎処分を受
けた。1日16時間の勉強時間を確保するため、フジテレビを辞めて退路を
断ち、2度目の受験で見事合格した。東京・日比谷の高層ビル内にオフィス
がある有名な大手弁護士事務所から内定を得たという。その弁護士事務所
は、弁護士を約20人抱え、国外の案件をも数多く扱い、知的財産権にも強い
大手。でも、今の収入は月20万円。元アナウンサーからしたらそれは少ない
でしょうし、受験勉強中も収入はなかったわけで、物心とも安泰とか安定と
いう言葉とは無縁の状態が続く。しかしフジテレビの社外法律顧問もやって
いるそうだから弁護士先生としてフジテレビへの“復帰”を果たすことになる
とあって、局に顔を出した菊間さんはかなり嬉しそうだったとか。そうしてアナ
ウンス部にも顔を出し、後輩らに”トラブったら私に任せなさい!”といって爆
笑を誘ったとか。いやあ、元気印が画面から消えたと思っていましたら、水面
下で大変な努力をしていたんですなあ。あたしゃ、自民党の若さまともてはや
されている小泉ジュニアーにも、彼女の爪の垢でも煎じて飲んでほしいと思う
ぐらい、如何にもネアカでチャレンジ精神が旺盛の彼女らしい復活ぶりであり
ました。
いやぁ 自分の人生を2倍も3倍も謳歌する菊間さんはえらい!
失敗ばかりの人生だった ぐっさんハイ