テレビや新聞では報道されない話なんですが、被災地にデリヘル嬢が震災
1週間後に活躍と雑誌に書いてありました。デリヘル?正確にはデリバリー
ヘルス、つまりスペシャルマッサージの出前のことなんです。’11年の4月、
岩手県の内陸部に位置する中都市の飲食店で知り合った男性が”こない
だねK市のデリで、遊ぼうとしたらね、やってきたのが沿岸に自宅があった
19歳の学生の子だったのよ、Oだったかな、家族は全員無事だったらしい
けど家が流されたうえにお父さんが勤め先を流されて仕事を失ったらしくて、
それでまだ小さい弟と妹がいるから家計を助けるためK市に出てきて働き
はじめたんだって。いやもう、なんか気まずかったぁ”。そのようなことが起り
うることは、すこし想像力を働かせさえすれば予想できたはずだ。しかし、数
多くの犠牲者と甚大な被害が出ている被災地の悲惨な姿に直面するなか
で風俗産業については考えが及ばなかった。それ以来、被災地での取材を
続けながら風俗産業に関する情報を集めるようにしたところ、徐々にではあ
るがその実態がみえてきた。そこには人間が人間である以上、逃れること
のできない本能に近い行動が生々しく存在していた。死者、行方不明者が
被災した自治体の中でももっとも人的被害の多かった宮城県Ⅰ市では被災
からわずか1週間後には営業を再開したデリヘルが存在した。昨年5月に
取材した同店の経営者は震災発生時のことを昨日のように口にした。”地
震が起きたときウチでは3人の女の子がホテルで接客中だったんです。そ
のうちのひとりの客は”まだ途中だからダメだ”とゴネたらしいんです。その
客にはお金を払い戻して帰ってもらいました。もうひとりのお客さんはナニ
の最中だったが”すぐ逃げれ”って女の子を自分の車に乗せて安全な場所
に送ってくれました。あとひとりのお客さんは車庫のシャッターが閉まって車
が出せなくなって、女の子と送迎のドライバーの3人で、こじ開け、やっと逃
げ出すことができました”。自らも避難しながら経営者は女の子たちに安否
確認の電話をかけ続けた。とはいえⅠ市中心部のラブホテルの多くが被害
を受け、早期に再開できたのは2軒だけ。ガソリン不足と避難所からラブホ
テルに風呂にはいりにくるひとが列をなし大混乱。そのため送迎車をホテル
の横につけて、女の子には車で待機して、お客さんから連絡があると、そこ
から歩いて営業に行くという営業形態をとりました”。震災前は女の子ひとり
あたり平均して3、4本(人)だった客数が営業を再開してすぐに少なくとも5
から6本にふえたという。避難所で風呂に入れなかったひとが、ついでに呼
んだという客もいれば、なかには身内とか友だちを亡くしたというひとも多く、
ほとんどのひとが癒しを求めていて、しばらく風呂に入れなかったというお客
さんには髪を洗ってあげたりもしました”。それは、あたかも不自由な生活を
余儀なくされた、つかの間の避難先のような様相だった。
うらを見せ おもても見せて 散る紅葉 良寛
表裏一体 人間模様 ぐっさんハイ
表裏一体 人間模様 ぐっさんハイ