うちの母に”大人になったときに困るから勉強するのよ”と始終いわれていま
した。ところが最近は親がよろこぶからとか先生が気に入ってくれるからなど
何かと比較するようなことを考えていますね。今の子はイイ子ぶっていて自分
というものがみえない。そこへいくとカンボジアあたりでは勉強とは、ひとにゴ
マかされないようにとか、危ないことから身を守るとか、得意なことをみつける
ために勉強するというこどもが多いんです。実践的でしょ。また被災地の話に
なりますが津波で両親を失った子がいました。父がみつかりました。遺体で、
自衛隊がみつけてくれたそうです。そうして自衛隊が処理をしてくれたそうで
す。私にその子は”泣けないよ、だって私より気の毒な子がたくさんいるんだ
よ”っていうんです。私そっと誰もいないところに連れてって”思い切り泣きな
さい”っていたんです。そうしたら大声を出して泣いたんです。今まで誰一人
として胸のうちを開けなかったんだと思います。ふたりで泣いてしまいました。
最近、絆とか元気という言葉が氾濫しています。うつくしい言葉のようですが
頑張って、という言葉とおなじでように上からの目線で単に同情しているって
いう意味合いの言葉になっているのではないでしょうか。ある被災者から”
なぜ元気をもらうって被害をうけた私にいうの”って詰問されて返事に窮した
ことがあります。つまり被災者の方は哀れみでもなく上からの目線でもなく「
分け合う」気持ちが大切ではないでしょうか。さて、学校で教えないことの中
にひとは必ず死ぬっていうことがありますが、私、両親とそのことで話し合っ
たことがあるんです。両親は縁起でもないと怒りました。でも話し合ってよか
ったと思います。父はアル中で肝硬変になり62歳で他界しました。生前、
”オレが死んだらワイドショーは呼ぶな”といっていました。それに眉間にシ
ワを寄せて死にたくないともいっていました。でも危篤状態になってシワを
寄せていました。お医者さんにきいたら、延命器をたくさん付けていて、その
うちのどれかが痛いのでしょう。といいましたので先生に、”先生のお父さん
ならどうしますか?”と聞きましたら”私なら全部はずして差し上げます”とい
いますから”では父もそうしてください”っていいましたらシワがなくなりました
それからわたし、「結婚したい女性のナンバーワン」になったことがあります。
でも、マスコミがいうほど立派な女性ではありませんでしたから随分、悩み
ました。そうしてマスコミから攻撃されました。それで1年間カウンセリング
を受けました(と意外な告白)。そのおかげもありますが、私事って所詮、他
人はわかってくれない。だったら自分らしく、自分に忠実に生きようって思っ
たら楽になりました、と目をキラキラ輝かせながら一気にしゃべり終わった
のが90分でした。恒例の花束贈呈となりさっさと花束を手にして会場一杯
に笑顔をふりまきながら「介護されたい女性のナンバーワン」らしく足早に
会場から消えて行きました。
三つ編みを恋の原風景におく ぐっさんハイ