日本シリーズは王会長、秋山監督それに小久保主将の3本の柱の永年の
念願だったソフトバンクが日本一のペナントを手にしました。ソフトバンクの
4勝3敗で呪縛とは無縁だった内川選手を引っ張り込んだことが大きかった
と思います。しかし秋山監督は涙目で”いやあ、疲れました。中日があれほ
ど食い下がってくるとは、、想像以上でした”とお世辞ではない本音を口にし
ていました。そのころ中日・落合監督は、無表情でソフトバンクの選手たちが
秋山監督の歓喜の胴上げを見詰めていました。しかし、目は大きく見開いて
いました。”あいつら土壇場まで追い込まれないと、やらねえ”の言葉通り、
一度はお得意の2-1のスコアで敵地で勝って、ひょっとしたら、と思わせる
戦いぶりでしたが、ソフトバンクの球団それに現場の鉄壁のチームワークの
まえに、奇跡は起こりませんでした。この時点で落合監督は中日とは垢の
他人ということになりました。しかし落合監督を慕うひとは多く今日は、その
代表者に登場していただくことにいたしましょう。映画監督の鈴木敏夫さんは
”あのひとは「オレ流」じゃないんです、現役時代から落合ほど試合中、他の
選手に声をかけ励ますひとはいなかった。毎年彼の全試合ぶりのテレビ中継
を録画して見続けてわかったのは公式戦の100試合ぐらいまでは延々とチ
ームつくりを続けていることです。例えば凡打続きの若手選手に当然代打を
出すべき場面でそのまま打たせ、やっぱりだめだった、というケースが極め
て多い。選手たちに機会を与え育てているんです。それが一番成功したのが
荒木・井端の二遊間でしょう。毎試合チームつくりの過程をみるのは、映画つ
くりを間近かでみるのとおなじ喜びがあります。球団やファンのことより常に
選手を最優先に考えている。今の野球界では稀有な存在です”と解説で飯を
食っているひとたちも真っ青の分析ぶりです。名古屋では人気のDJのつぼ
イノリオさんは”私も長年、ドラゴンズのファンをやっていますが、素晴らしい
監督ですよ。今も議論になるのが07年の日本シリーズ第5戦、勝てば日本一
という試合の9回。完全試合ペースの山井大介投手を交代させた場面です。
野球解説者で元エースの小松辰夫さんは「引退後も大きな財産となる輝かし
い記録を奪った」と怒っています。確かにそうだと思いますが、この試合を落
とせば舞台は札幌に移って53年ぶりの日本一を、名古屋のファンにみせた
いという気持ちがそうさせたと思っています。その年のファン感謝デーの司会
を務めました。最後の監督の言葉で締めようと思っていたら帰っちゃった。
その辺がファンを熱くさせる星野監督とはちがう。でもオレ流で巨人や阪神
に負けない常勝チームをつくったじゃないですか。その先駆性を名古屋の
ひとは失ってはじめて気付くのかもしれません”。最後は梅原猛さん(哲学者)
に締めていただくことにしますが”落合はマスコミには無愛想だねえ。勝利監
督インタビューでも木に鼻をくくったような答えをする。これじゃあ、ファンは、
さびしい。チームは優勝するのに観客動員が減った。球団にすればたまった
もんじゃない。異端児を組織が抱え続けられないのは世の常かもしれない。
退任は仕方がないとも言える。監督は勝てばいい、余計なものはいらんのだ
落合には、そういう反骨に徹しようという覚悟がみえる。それはある意味純粋
です。中日を率いた星野仙一も球界の盟主といわれた巨人をライバル視して
マスコミも使って反骨を売りにした。でもどこか計算がみえた。落合のオレ流
は実は見事に論理的なんですね。落合は親会社はもちろん選手とも私的な
付き合いはしない。私的な付き合いがあると好悪が出来る。それを断つこと
で、えこひいきもしないし嫌いな選手も表に出さないで使う。合理的です。能
力を認めた選手は辛抱強く起用した。主力選手の大半は落合に育てられた
という意識があるのではないですか。おなじ時期に監督辞任が発表された、
日ハムとは対照的でした”。落合監督の退場を惜しむ声が地元名古屋であ
がらないのは興味深いですね。
如何です、目立ちたがり屋が横行する昨今、頑固なまでに「オレ流」
を押し通した落合監督には、「健さん」に通じるものがあります。また
どこかの球団で”選手が勝手にやってんだ”と呟く勇姿がみてみたい
御仁です。お疲れさまでした。 一匹狼のなれの果て ぐっさんハイ