落合・中日やヤクルト・小川のチームが今年のせ・リーグの主役でした。キー
ワードは「ファミリー」と「同士的なつながり」だったと思います。今日この出前
本舗に登場していただく方は無名の経営者です。でも両将に負けないすばら
しい指揮官です。しばらくお付き合いください。「随分まえになりますが「深夜
便」を子守唄みたいに聴きながら、うたた寝をしていましたら伊那食品工業(
株)の塚越社長という方がインタビューに応えていました。今、就活は氷河期
以上に厳しいとか正社員、非正規社員それにリストラなどなど、そんな荒んだ
世相を反映した凶悪な事件が続発しています。そんな中、ウルッとするような
人情あふれた社長さんの話にふれました。耳をいや目を傾けていただけない
でしょうか。(質問者):”御社はCSRという言葉が登場する以前から「いい会社
をつくりましょう」という社是を掲げて長野県伊那市を拠点に社員や取引先を
大切にし地域社会に貢献する経営を推進していらっしゃいます。「いい会社」
という社是には、さまざまな意味がこめられていると思いますが、その話は
後ほど伺うとして、まず塚越社長がこの企業の経営に携われるようになった
いきさつからお話ししていただけますか”。(塚越):昭和33年、私が21歳の
ときのことです。当時、私は地元の材木会社で一社員として働いていたので
すが、そこの社長が、系列会社の食品会社の経営が思わしくないから、なん
とかしろと「社長代行」という妙な肩書きで私を送り込んだのです。そのころの
伊那食品工業といえば、社員は十数名、機械らしい機械は何一つない貧し
い工場で倒産寸前の状態にありました。(質問者):21歳で倒産するかもし
れない会社を任されるというのも、すごい体験ですね。(塚越)ええ、しかも、
木材会社に入社してまだ1年半しか経っていなかったんです。でも自分でいう
のもおこがましいのですが私は体を悪くしたこともあって大学進学をあきらめ
高校を中退してその木材会社に入りましたから、とにかく働けることだけで、
うれしくて、夢中で働いていたんです。そんな私の働きぶりを見て社長はそれ
こそ一か八かで賭けてみたのでしょう。社長に見込まれ思わぬ経営者人生が
スタートしたわけですが、引き受けてみたはいいが当時のうちの会社は、ある
のは借金ばかりでお金も信用も、技術もないという状態でした。そのうえ木材
会社から食品会社へ、いきなり移ったわけで業種がまるで違いますから、わ
からないことだらけ。何をおいても勉強しなければというので基礎研究のため
に化学の参考書を読んだり生産技術を改善するために社員と一緒になって
研究に取り組みました。(質問):一体どんなふうに会社を立て直そうとしたん
ですか。 (塚越):普通は経営状態の悪い企業を再建するには、まず人を削
減して機器を導入して合理化を図るというのが鉄則でしょう。ところが人は、
いないし資金がないから機器を導入することもできない。一体どうしたら生産
性を上げられるかというと結局、残っているのは、「人」だけだった。社員皆ん
ながやる気がおきる企業にするしかない。とはいえ、人はテクニックでは動か
ないんです。と奮戦記は肝心なところへと差し掛かりますが続きは次回という
ことにさせていただきます。
       ないないずくしの塚越社長はどんな一手を打つのでしょう
                         ないないずくしの ぐっさんハイ
補足説明:CSRとは「企業の社会的責任」の意》収益を上げ配当を維持し
 法令を遵守するだけでなく、人権に配慮した適正な雇用・労働条件、消
 費者への適切な対応、環境問題への配慮地域社会への貢献など企業
 が市民として果たすべき責任をいう